artscapeレビュー

岩崎育英文化財団 岩崎美術館

2020年05月15日号

鹿児島中央駅から1時間半、指宿駅に到着し、そこからタクシーで約5分。いわさきホテルの敷地内に槇文彦が設計した《岩崎美術館》がある。筆者が大学三年生のとき、槇先生が設計演習を担当していたことから、この美術館の存在は30年以上前から知っていた。このたび、ようやく初めて現地を訪問することができた。結論から言うと、個人的に槇の建築の中でもベスト級の空間だと思うくらい、素晴らしい。さすがに打ち放しコンクリートの外観は汚れが目立つようになったが、その奥に展開する内部の空間と細部のデザインがきわめて洗練されている。



《岩崎美術館》の外観

美術館(1978)と対面させず、少し離しながら、角度を振って配置された工芸館(1987)は、地下の通路からアクセスするシークエンスとなっている。増築によるヴォリューム増大でプロポーションが崩れることを避け、田園のヴィラという原イメージに従った、もうひとつの独立した建築としての工芸館をつくったのだ。いずれもモダニズムをベースとした形態言語を用いているが、設計した時期の違いも反映されているのが興味深い。



工芸館の外観

《岩崎美術館》の内部に入ってまず感じたのは、いわゆるホワイトキューブの空間ではなく、超豪邸の室内に作品を展示したかのような雰囲気だった。もっとも、古典主義のヴィラではなく、モダニズムによる邸宅のイメージである。洋画や郷土の作家のコレクションもなかなか充実しており、建築家の椅子もあちこちに展示されていた。美術館の空間は、奥に進むに従い、段々とレヴェルが上がり、さらに途中から横に空間が広がっていく。



美術館内部の階段


美術館の展示風景

一方、工芸館は、地下から登って入ることもあるが、縦に伸びる空間になっており、現代アートのインスタレーションに近いサイズをもつ大型の民族美術の展示に合わせている。また旋回する階段を通じて、二階の展示室に入ると、西洋から里帰りした古薩摩や有田の陶磁器などがあり、最後は展望を楽しむことができる。興味深いのは、工芸館はカルロ・スカルパ風の繊細なディテールが入り、濃密で複雑な空間が生まれていること。なお、滞在中はたまに宿泊客が訪れていたが、ほとんどの時間は貸切状態で、同館の創設者である岩崎與八郎のプライヴェート・コレクションを鑑賞していた。



工芸館内部の階段


工芸館の展示風景

公式サイト:岩崎育英文化財団 岩崎美術館 http://www.iwm.org.uk/north/

2020/03/31(火)(五十嵐太郎)

2020年05月15日号の
artscapeレビュー