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STARS展:現代美術のスターたち―日本から世界へ

2020年09月01日号

会期:2020/07/31~2021/01/03

森美術館[東京都]

「STARS」ってタイトルがスゴイ。「SARS」や「STAR WARS」じゃあるまいし。おまけにサブタイトルにも「スター」がダメ押しのように出てくる。現代美術のオールスターか? 出品作家を見ると、草間彌生、李禹煥、杉本博司、宮島達男、奈良美智、村上隆の面々。なかには人物的にも作品的にも「スター」と呼ぶにはいささか華々しさに欠ける人もいるけど、彼らがいまの日本で最高峰のアーティストたちであることは間違いない。

トップは村上隆。会場に入ると、まず《Ko²ちゃん(プロジェクトKo²)》が出迎えてくれるのだが、その背後からとんでもないものが顔をのぞかせる。高さ5メートル、幅20メートルを超す巨大絵画《チェリーブロッサム フジヤマ JAPAN》だ。画面中央に目と口のある富士山がデーンと居座り、両側に満開の桜、空にも桜花が舞っている。日本の象徴であり、ゆえに日本画の最重要モチーフでもある富士と桜を、ここまであからさまにポップ化してしまうとは! その対面には花だらけの巨大絵画《ポップアップフラワー》、床には2体の「阿吽像」、奥には約16億円で落札されて話題になった等身大フィギュア《マイ・ロンサム・カウボーイ》と《ヒロポン》、手前には拍子抜けするほど軽快な映像《原発を見にいくよ》を展示している。村上は見る者を裏切らない。いつも期待以上のものを見せて楽しませてくれる。

打って変わって静寂な空気が漂うのは、大先輩の李禹煥の部屋。砂利を敷いた床と壁を白く統一したなかに、立体2点と絵画2点のみの展示。ガラス板の上に大きな石を置いて割った《関係項》は、もの派全盛期の代表作のひとつで、スケールアップしての再登場だ。初期から現在まで半世紀以上一貫した制作を続けながら、それを最小限の作品で簡潔に見せている。その李以上に一貫した制作を続けているのが草間彌生だ。李とは反対に絵画、オブジェ、ミラールームなど10点以上をつぎ込んでにぎやかだが、あれもこれもと欲ばりすぎて焦点が定まらない。70年におよぶ草間の多彩な創作活動を見せるには今回のスペースは狭すぎた。

次の宮島達男は、再び静寂の世界。なるほど、一部屋ごとに静と動、明と暗を入れ替えているのがわかる。宮島は、浅く水を張ったプールの水面下に、無数の青と緑の光を点滅させた。東日本大震災の犠牲者の鎮魂と、震災の記憶の継承を願うインスタレーション《「時の海―東北」プロジェクト(2020 東京)》だ。水面下に輝く光は、生命を暗示するデジタルカウンターの数字で、カウントの速さは被災地の人たちに決めてもらったという。いわゆる住民参加型のソーシャリー・エンゲイジド・アートだが、これほど真剣に生と死に向き合うアートもないだろう。同展のなかでは異色の作品。

レコードジャケットやCD、マンガ、雑誌、人形などを並べたのは奈良美智。これらは奈良の少年時代を形成したものたちだ。次の部屋では、屋根に月の顔を載せた小さな小屋、少女を描いたドローイングやペインティングなど、メルヘンチックともいえそうな奈良ワールドが展開する。肩肘張らない自然体の姿勢だ。と思ったら、再び静かなモノクロームの作品が目に入ってくる。杉本博司の「ジオラマ」シリーズからの1点と、「海景」シリーズから派生した3点は、日常から乖離した別世界を開示する。そして最後の部屋で、杉本のライフワーク「江之浦測候所」を写した映像が流される。どんな壮大な宇宙論が展開されるのかと思ったら、趣味の作庭についてウンチクを垂れるオヤジみたいな語り口で、肩透かしを食らう。意外というより、むしろ杉本らしい巧みなプレゼンテーションというべきだ。

こうして見てくると、「現代美術のスター」といっても6人6様、作品の違いはもちろん、アートに対する考え方も展覧会に対する姿勢も異なっていることがわかる。そもそも、なんでこの6人なのか? だいたい「スター」の前に「往年の」とつけたくなるほど年齢層が高い。90代の草間を筆頭に、李80代、杉本70代、宮島と奈良が60代、いちばん若い村上も50代後半だからね。もっと若くてフレッシュなアーティストはいないのか。おそらく作家の選択基準は、サブタイトルの最後の「日本から世界へ」にあるだろう。つまり国内だけでなく、海外でも評価されているアーティストであることだ。じつはこれが明治以来の日本の美術にとって最大の関門だったのだ。

その前に、李と草間の展示室に挟まれた「アーカイブ展示」というコーナーについて触れたい。「その1」は、6作家それぞれの画集やカタログ、掲載誌などを展示し、「その2」では、1950年以降に海外で開かれた日本の現代美術展をまとめている。「その1」を見ると、さすがに6人とも予想以上にたくさんの展覧会を開いていることがわかる。しかもその半分くらいは海外のもの。これを目にすれば、なぜ彼らが「スター」と呼ばれるのかが納得できる(でも森村泰昌、川俣正、大竹伸朗あたりも同じくらいやってるけど)。

「その2」はさらに興味深い。ざっと数えたところ、海外での日本の現代美術展は、50年代が2本、60年代が3本、70年代が4本しかないのに、80年代には一気に11本に増え、うち89年と90年の2年間に7本と集中しているのだ。以後90年代8本、00年代13本、10年代9本とほぼ安定している。1989-90年はいうまでもなくバブル絶頂期で、世界を席巻する日本経済に引っ張られるように現代美術にも注目が集まった時期。これにより世界へのハードルは少し低くなり、宮島以降の世代はこの時流に乗ることができた(村上は自ら時流をつくることもした)。しかし草間、李、杉本はそれ以前にデビューしていたため、世界的評価を得るまでにタイムラグがあり、そのあいだに逆風が吹いたり、不遇な時代もあったのだ。なんとなく彼らにルサンチマンを感じるのはそのせいかもしれない。芸能界と違って、現代美術のスターは1日にしてならず、なのだ。

2020/07/30(木)(村田真)

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