2020年09月15日号
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artscapeレビュー

屋根裏ハイツ『とおくはちかい(reprise)』

2020年09月01日号

会期:2020/07/23~2020/08/02

こまばアゴラ劇場[東京都]

屋根裏ハイツ『とおくはちかい』(作・演出:中村大地)が「reprise」と冠しての全編改訂版として再演された。『とおくはちかい』は仙台を中心に活動してきた屋根裏ハイツが首都圏で上演した最初の作品。この作品で注目を集めた屋根裏ハイツがその評価を確かなものにした『ここは出口ではない』とともにカンパニーの代表作と呼ぶべき作品で、今回はその『ここは出口ではない』と合わせての再演・二都市ツアーとなる。

二幕構成の本作が描き出すのは「大きな地震から半年後と10年後」。一幕では仮設住宅に住む男・ショウくん(渡邉悠生)を友人のハマヤ(三浦碧至)が訪れ、二幕では同じくショウくんが住む復興住宅をハマヤが訪れなんということのない会話を交わす。初演時には地震ではなく大きな火事という設定だったらしいが、今回の再演にあたって、初演版の執筆時から念頭にあったという地震の話へと書き換えての上演となった。

[撮影:本藤太郎]

地震があっても同じ土地に住み続け、仕事も変えていないショウくんに対し、ハマヤは地震以前に地元を離れており、二人の会話は久しぶりに地元に戻ったハマヤとショウくんとのあいだの近況報告が中心となる。それらを通して浮かび上がるのは特別な出来事ではなく、互いのなかに蓄積された記憶のあり方そのものだ。

作品のほとんど終わりに至ってショウくんは「揺れて、家がなくなって、避難して、(仮設に)引っ越しして、(ここに)引越ししてっていうのはもうずっとある」「忘れる忘れないとかじゃなくて、ある」と自らの記憶のあり方を言語化しようとする。そこに至るまでに配された何気ないエピソードが呼応し合い記憶の複雑なあり様を浮かび上がらせる中村の筆致は巧みだ。

例えば、一幕に登場する箸と二幕に登場する鍋つかみの対比。仮設住宅への入居とともに支給されたはずの箸は1カ月も経たずに行方不明になってしまうが、高校のときにプレゼントでもらった、しかし思い入れがあるわけではない鍋つかみは震災でも失われず、仮設住宅を経て引っ越した復興住宅で発見される。あるいは駅前の銅像。地震以前に地元を離れたハマヤは失われたそれを震災によるものだと勘違いするが、ショウくんによればそれは地震以前に撤去されていたらしい。

「地元」に関するハマヤの記憶は断続的だが、そもそも人生自体が連続性があるようでなく、ないようであるものだ。ハマヤは自身が料理を始めたのは昔の友人がすえた臭いをまとっていたからだと説明する。その臭いが禁煙を決意させ、それが料理を始めたことにつながっているのだと。しかし説明を始めてみれば本人にもそのつながりははっきりとしない。だが、それでもそれらはどこかでつながっている。つながりははっきりせずとも人生は、時間は流れていく。

過ごした場所と時間の異なる二人の会話からは、それぞれに別様に流れ蓄積してきた時間と記憶が浮かび上がる。地震から半年後と10年後という区切りこそ示されているものの、地震とは関係なく時は流れている。大きなイオンモールができるという巨大な空き地にはかつてスーパー銭湯が建っていたというが、それは震災によって失われたわけではなく、震災後に建てられそして潰れたらしい。ある大きな出来事を振り返るとき、振り返るそのときまでに流れた時間もまた確かにそこにあるのだということを忘れることはできない。

[撮影:本藤太郎]

コロナ禍の最中の上演となった今回、二幕に登場するハマヤはマスク姿で現われた。物語的には大きな意味を持つとは思えないそれは、東日本大震災から10年が経とうとする現在を二幕の現在に重ね合わせるためのちょっとした小道具のように思えた。だが、このレビューを書くために読んだ上演台本には次のような文言が記されていた。「未知の疫病が世界を取り巻いている。(略)地域により再建のありようはさまざまで、いまようやく新しい街の着工にとりかかるようなところもあれば、ようやく人が住めるようになったところもある。行政の判断によって、もう人が住むことができなくなった土地もある」。影響の範囲ということで言えば、地震よりもよほど広い範囲で深刻な疫病の被害があったらしきことがこの記述からは窺える。しかし、上演からこの設定を読み取ることは不可能だろう。観客に彼らの事情を知ることはできない。そしてそれはいつもそうなのだ。自らのものでない記憶を私たちは十全に知ることはできない。それでもそこに、寄り添おうとすることはできる。互いの話を聞くというだけのシンプルな作劇の本作には、そのような倫理的な厳しさと温かさが滲んでいる。

9月18日からは『ここは出口ではない』とともに本作の仙台公演が予定されている。また、映像作家の小森はるかが映像編集を担当した東京公演の映像が有料配信されている。『ここは出口ではない』の映像(映像編集:宮﨑玲奈)とともにチェックされたい。


公式サイト:https://yaneuraheights.net/
中村大地インタビュー(passket):https://magazine.passket.net/interview/2020/07/22/yaneura-heights-interview/

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2020/07/25(土)(山﨑健太)

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