2020年10月15日号
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artscapeレビュー

東京デスロック『Anti Human Education III〜PANDEMIC Edit.〜』

2020年10月15日号

会期:2020/09/10~2020/09/12

豊岡稽古堂[兵庫県]

今秋、初開催の豊岡演劇祭の公式プログラム。俳優による「模擬授業」に教育問題や現代社会批判を織り込む「Anti Human Education」シリーズの第三弾。「PANDEMIC Edit.」と銘打たれた本作では、ホワイトボード、教卓と教壇、標語や習字の掲示など「教室」を模した空間構成に加え、観客は間隔を空けて整列した椅子に座り、回答用のミニサイズのホワイトボードが配られ、「感染症対策下での教育風景」を疑似体験する。15~20分程度に凝縮した計6科目の「時間割」で早足の1日を経験するなかに、「教室・教育」と「劇場・演劇」の構造的同質性を暴きつつ、ウィルスと人間の関係を人類史レベルで多角的に学び、過去から現在、そして未来の想像へと至らせる構成は、非常によく練られていた。

チャイムが鳴り、マスク姿の教師の登場のたびに、「起立、礼、着席」の号令と動作が観客にも繰り返し課せられる。命令や上下関係の順守、身体的矯正とその反復を通した、規範的集団意識の形成。また、固定された座席、視線の正面一点への集中、移動や私語の禁止は、「教室・教育」と「劇場・演劇」という近代的装置が含む構造的暴力の同質性を、観客に身体的に(再)経験させる。この教室=劇場で展開されるのは、文明の発展史と感染症を、人類史的なスケールで描き出す「授業」である。そこに、「声に出さずに唇読みで復唱」「ホワイトボードに答えを書いて教師に見せる」「動画での遠隔授業」「防護服やフェイスシールドを付けた教師による消毒作業」といった「感染症対策下での教育」のアクチュアルな相が加わる。



[© igaki photo studio ]


まず1時間目「算数」では、かけ算の九九をとおして、近代を駆動させてきた「効率性」というテーマが浮上する。2時間目「歴史」は「感染症の歴史」を扱う。14世紀のペスト、15世紀のコレラや天然痘、第一次世界大戦時のスペイン風邪、21世紀の感染症(SARS、MERS、エボラ出血熱、COVID-19)が、国と国の交易、ヨーロッパとアメリカ大陸の接触、戦争と兵士の大量移動、グローバル化といった文明や移動の発展史と密接に関わることがレクチャーされる。3時間目「保健体育」では「心の健康の守り方」がテーマとなり、「練習問題」の実践をとおして、コロナ禍での「自粛警察」「不安による鬱や引きこもり」「陰謀論」といった行動が、さまざまな心理的な適応機制の現われであることを学ぶ。4時間目「生物」では、細菌とウィルスの違いや発見史、人間の体内での「共生」が語られ、「目に見えないものへの好奇心と恐怖」という両面といかに付き合うかや、「自分と生態の異なる生物や他者との共存」といったテーマとして昇華される。最後の時間「音楽」では、子育てのため自宅からビデオ通話で授業する教師と画面越しに対面し、「今、この教室で聴こえる音」の風景を各自がホワイトボードに描く実践を経て、「未来に聴こえてほしい音」を想像する課題へと至る。



[© igaki photo studio ]




[© igaki photo studio ]


また、授業の合間には、教師たちが教室内の消毒作業に従事し、卒業式の定番ソングの合唱が感動的に流れるなか、「コロナ禍での教員の超過勤務の実態」「過労死ラインを超える時間外労働」の調査結果がスクリーンに映される。

本作は、近代的な身体的矯正装置としての「教室・教育」=「劇場・演劇」の確認を出発点としつつ、その強制力を、アクチュアルな教育現場を疑似体験する観客参加をとおして、演劇すなわち「同じ場所に集いつつ、異なる『現在』を生きている他者を、そしてありうべき未来の姿を想像的に考える場」へと力強く反転させていた。過去のシリーズ作は教育現場での取材やフリースクールの生徒との協働を経ており、本作も教育現場へのオンライン取材を経て制作されている。タイトルの「Anti Human」は、医学用語で「対ヒトの抗体」を意味し、「教育現場に『異物』『毒』を注入して抗体をつくり、治療する」というのがシリーズのコンセプトだ。俯瞰的かつ多角的なスケールのなかに知識と実践的な内容の双方を盛り込み、最終的に未来の想像へと向かう本作は、現代演劇ファンだけでなく、(コロナ禍に限らないが)学校という閉鎖的空間で不安と抑圧の日々を生きる中高生たちにこそ見てほしい作品だった。

公式サイト:https://toyooka-theaterfestival.jp/

2020/09/12(日)(高嶋慈)

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