artscapeレビュー

近代日本の視覚開化 明治──呼応し合う西洋と日本のイメージ

2023年06月01日号

会期:2023/04/14~2023/05/31

愛知県美術館[愛知県]

関西に行くついでに名古屋でもなにかおもしろそうな展覧会はないかと調べてみたら(もちろんartscapeで)、やってました! 愛知県美術館の「明治」展。神奈川県立歴史博物館からの出品が多いようだが、どうも横浜に巡回する予定はなさそうなので、名古屋で途中下車して寄ってみた。結果、今回いちばんの収穫だった。

出品点数300点以上。展示替えがあるので実際に見たのはもっと少ないが、それでも大量だ。これらを「伝統技術と新技術」「学校と図画教育」「印刷技術と出版」「博覧会と輸出工芸」の4つに括っている。質・量ともに圧巻なのは第1章の「伝統技術と新技術」だ。幕末・維新に西洋から流入した油絵や写真、あるいは遠近法や明暗法といった新しい素材や技法を採り入れ、伝統的な絵画と擦り合わせて独自の視覚表現を模索した明治の画家たちの軌跡をたどっている。こうしたテーマだとたいてい高橋由一を軸に語られることが多いが、ここでは五姓田派が中心だ。神奈川県立歴史博物館が五姓田派の作品を多数所蔵しているからでもあるが、それだけでなく、彼らこそ明治維新期に試行錯誤しながら西洋絵画の普及に努めた先駆集団であるからだ。五姓田派は、横浜の居留地に住む外国人の土産用に、西洋絵画の技法を採り入れた写真のような肖像画を制作した初代五姓田芳柳をはじめ、13歳のころから高橋由一とともにチャールズ・ワーグマンの下で油彩画を学び、父に次いで皇室からの制作依頼も受けるようになった息子の義松、さらに初代芳柳の娘(義松の姉)で最初期の女性洋画家のひとり渡辺幽香、初期の愛知県令(現在の知事)の肖像画も制作した二世芳柳など、逸材ぞろい。

そんななかでも目を惹くのが、彼らの手になる肖像画だ。和服姿の外国人やチョンマゲを結った侍が写真のようにリアルに描かれ、しかもそれが絹本着色の掛け軸仕立てというチグハグさ。また、渡辺幽香の油絵《西脇清一郎像》(1881)は仏壇みたいに観音開きの扉がついてるし、二世芳柳の《国府台風景図屛風》(1882)は六曲一双の屏風をバラして、12枚のパネルを面一で並べている。いったいこれらは日本画なのか洋画なのか? というより、まだ日本画と洋画の対立概念さえなかった、まさにタイトルどおり「視覚開化」の時代の産物なのだ。

五姓田派以外では、橋本雅邦の《水雷命中図》には驚かされた。雅邦といえば東京美術学校で横山大観を指導した近代日本画の立役者だが、この作品は油絵の戦争画。こんなものを描いたのは、日本画の不遇時代に海軍兵学校で図学を教えていた関係だそうだ。洋画家が日本画をたしなむのは珍しくないが、日本画家が油絵に手を染めるのはこの時代ならではのことではないか。日本画家の荒木寛畝による《狸》は、野原で堂々とこちらを見つめる狸を描いた油絵だが、人を化かしそうでちょっと不気味。

また、高橋由一と見まがう鮭の絵が2点あるが、それぞれ五姓田義松の《鮭》と池田亀太郎の《川鱒図》。由一と義松は同じワーグマン門下だから、どっちが先に鮭を描いたのか気になるところ。池田の川鱒は由一と逆に頭が下で尻尾に縄をつけて吊っているのだが、縄の最上部に小さな穴が空いているのがわかる。おそらくここに釘を打って絵を止めていたと思われるが、同時に、本物の鱒を縄で吊っているように見せかけるだまし絵としての役割も果たしていただろう。

第2章以降の図画教育、印刷、博覧会関連でも興味深い作品・資料が目白押しだが、キリがない。これはぜひ横浜にも巡回してほしいなあ。


公式サイト:https://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/000391.html

2023/05/09(火)(村田真)

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