artscapeレビュー

極小航海時代

2010年09月01日号

会期:2010/06/19~2010/08/01

女子美アートミュージアム[神奈川県]

ペドロ・コスタをはじめ、ジョアン・タバラ、マリア・ルジターノ、ミゲール・パルマなど、ポルトガルの現代アートを紹介する展覧会。光を遮断した広い空間で、それぞれの映像作品が発表された。もっとも優れていたのは、ジョアン・タバラ。《ささやきの井戸》(2002)は、水の中に投げ込まれるコインを水底からの視点で撮影した映像で、来場者も頭上の映像を見上げるかたちで鑑賞する。鈍い音とともに次々と舞い降りてくるコインの動きは、見飽きることがないほど、美しい。とはいえ、一枚一枚のコインにはそれぞれの祈りが込められていることに想いをめぐらすと、見ず知らずの他人の希望をすべて受け入れなければならないかのような重苦しさも覚える。ここには、有無を言わさず一方的に届けられてしまう、あるいは望みもしないのに勝手に関係を結ばれてしまう、現在のコミュニケーションのありようがユーモラスに描き出されていた。もうひとつの作品《輪》(2007)も、シニカルなユーモアに富んでいる。夕暮れの草原でサークル状に連なった大人たちが順番に焚き火で暖をとる映像だが、炎に両手をかざすことができるのはひとりだけで、それ以外の人びとは寒風のなか順番を大人しく待っている。たしかに、これは公平で合理的な民主社会がはらむ不合理な一面を逆説的に表現しているのかもしれない。ただ、その点とは別に、行列をなしているのが成人ばかりだったことから、彼らは子どもの豊かな想像力が奪われた囚人のように見えてならなかった。囚われた奴隷のように画一化された行動に服従している彼らの顔を見ると、やはり一様に表情が乏しい。子どもの野性をもってすれば、たとえばかつてビクトル・エリセが《ミツバチのささやき》(1973)でひじょうに印象的に描き出したように、焚き火の炎の上を嬉々として飛び越えることだって可能なはずだ。未成熟に開き直ることほどみっともないことはないとはいえ、成熟とはなんと退屈なことだろうか。

2010/07/22(木)(福住廉)

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