artscapeレビュー

高嶋慈のレビュー/プレビュー

第10回ヒロシマ賞受賞記念 モナ・ハトゥム展

会期:2017/07/29~2017/10/15

広島市現代美術館[広島県]

第10回ヒロシマ賞を受賞したモナ・ハトゥムの個展。本展のために制作された新作インスタレーション《その日の名残》は、ハトゥムのこれまでの作品にもしばしば登場する、テーブルと椅子、ベッドなど、家庭内の親密な空間を想起させる家具が、炎に焼かれて黒焦げの残骸と化したもの。他にも、政治的な抑圧や人種差別への抵抗を表現した初期の身体パフォーマンスの記録、おろし金など調理用品を巨大化して家具に見立て、見る者を身体感覚的に脅かす彫刻作品、また立方体やグリッド、床面に敷かれた正方形などミニマリズムの視覚言語を用いつつ、傷みの感覚や疎外、監禁、不安定な流動性などを喚起させる作品など、代表的な作品がコンパクトにまとまっている。日本初の本格的な個展ということで、ダイジェスト的で見やすいが、(通常はコレクション展に充てられる小さい方のスペースでの開催ということもあり)展示全体としてはやや物足りなさが感じられた。
一方、通常は企画展のスペースで開催されたコレクション展「光ノ形/光ノ景」は、「光と影」をテーマにしたもの。自然界の光や人工的な灯り、光学現象などを扱った作品のほか、夏という季節柄、「原爆の閃光/焼きついた影/復興と再生の光」といったストーリーに沿って展開する。ただハトゥム展との関連性を持たせるのであれば、ミニマリズム、パフォーマンス、フェミニズム、中近東の作家などを配した方が、ハトゥム作品の文脈がより厚みを持って提示されたのではないか。

2017/08/02(水)(高嶋慈)

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広島平和記念資料館(東館)常設展示

広島平和記念資料館(東館)[広島県]

広島市現美のモナ・ハトゥム展と合わせて、広島平和記念資料館へ。今年4月にリニューアルされた東館の展示を見る。インタラクティブなタッチパネル式の展示・情報検索システムや、デジタル技術を駆使した映像展示が「目玉」となっている。特に、真っ先に観客を出迎える後者は、廃墟となった広島市内のパノラマ写真が取り囲む中、円形の都市模型にCG映像がプロジェクションされるというもの。被爆前の木造家屋が立ち並ぶ市街地の様子が上空からの俯瞰で映し出される。現在の平和記念公園がある中州にも、もちろん建物が密集している。川を行き交う船も見え、聴こえてくる蝉の鳴き声が「平和な朝」を演出する。カメラが地上へ近づき、広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)付近へズームインする。原爆投下地点の「目標確認」の擬似的なトレース。次の瞬間、カメラは急速に上空に戻ると、投下されたリトルボーイとともに急下降する。閃光、爆風によって一瞬で吹き倒される建物、そして一面を覆う爆発の火炎と煙。だがそこに炎に焼かれる人影はいない(人間が「いない」無人空間であるかのように描かれる)。ならばこれは、「ここに(自分たちと同じ尊厳をもった)人間はおらず、実験場である」と見なすことで原爆を投下しえた米軍の視点に同一化しているのではないか。
カメラのめまぐるしい急上昇/急下降、「映像酔い」を起こさせるほど視覚に特化した体験。CGをふんだんに盛り込んだアクション映画やゲームを思わせる娯楽性さえ孕んだ、スペクタクルとしての可視化。「過去の見えづらさ」「接近の困難」をたやすく凌駕してしまうそこには、「表象の透明性」への疑いは微塵もない。結局のところ、制度化された展示空間の中で、私たちは、誰の視点に同化して見るよう要請されているのか? この反省的な問いの欠如こそが問われている。


展示風景

2017/08/02(水)(高嶋慈)

プレビュー:新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち

会期:2017/09/22~2017/10/09

横浜市民ギャラリー[神奈川県]

土地や歴史の調査、インタビューなど、リサーチやオーラル・ヒストリーといった手法を用いて制作する作家に焦点を当てたグループ展。
フランス人の母を持つ久保ガエタンは、自身のルーツや常識外の現象への関心を多角的に調査したインスタレーションを制作しており、フランスでリサーチした新作を発表する。小森はるか+瀬尾夏美は、東日本大震災を契機に2012 年より陸前高田、2015 年から仙台を拠点として活動。住民への聞き取りを元に、人々の記憶を内在化させた土地の風景への眼差しを映像作品、絵画、テクストといった複数の媒体で表現している。是恒さくらは、アラスカや東北で、各地の捕鯨文化や狩猟・漁労文化についてフィールドワークを行ない、手工芸やリトルプレスのかたちで発表し、異文化間の価値共有の可能性を探る。
また、笹岡啓子は、《PARK CITY》のシリーズにおいて、生まれ育った広島、とりわけ平和記念公園周辺を10年以上に渡って撮影し、記憶の表象と忘却について、記録装置である写真それ自体を用いて考察している。笹岡の直近の個展については、2017年7月15日号の本欄でも取り上げたが、震災以前に撮られたモノクロームの《PARK CITY》から、近年のカラー写真への移行において、「ヒロシマ」の表象をめぐる大きな転回が見られ、今後の展開を大いに期待させるものだった。笹岡によれば、今秋の展示は、前回の個展の内容をさらに発展、昇華させたものになるという。
4者それぞれの手法と表現を通して、個人史、都市や地域といったより大きな文脈の歴史、それらの交差、さらに異文化にまたがる文化的な共通性など、記憶の表象や記録するという営みについて多角的な思考を促す機会になるのではと期待される。

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笹岡啓子「PARK CITY」|高嶋慈:artscapeレビュー

2017/07/20(木)(高嶋慈)

プレビュー:『日輪の翼』(京都公演)

会期:2017/09/14~2017/09/17

河原町十条:タイムズ鴨川西ランプ特設会場[京都府]

やなぎみわが演出・美術を手がける野外劇。台湾製の移動舞台車(ステージトレーラー)を舞台装置に用い、中上健次の小説『日輪の翼』をメインに複数の小説からの引用を織り交ぜて展開する。2016年に横浜、中上の故郷の新宮、高松、大阪と4都市を巡回し、今回、東アジア文化都市2017京都「アジア回廊 現代美術展」の参加作品として、京都で再演される。
本作の特徴は、野外劇であることに加え、音楽劇である点だ(巻上公一が音楽監督を務める)。三味線を弾きながら唄う江戸浄瑠璃新内節、御詠歌の唱和、ギターの弾き語り、激しいシャウトのデスメタルといったさまざまな楽曲に加え、終盤のクライマックスでは朝鮮半島の打楽器を打ち鳴らす一団も登場し、複数の文化的混淆を見せる。そこに、ポールダンスやサーカスの曲芸のようなロープの空中パフォーマンスといった身体パフォーマンスが加わる。移動するステージトレーラーは、単に原作に準拠した舞台装置としての役割にとどまらず、地域、民族、時代を超えて、各地の「流浪の芸能民」の系譜をつなぎ、祝祭的な場を出現させるための装置となる。
加えて今回の京都公演では、日中韓の文化交流という芸術祭のコンセプトと、在日の韓国人・朝鮮人が多く暮らす上演場所の性格に基づき、韓国からの招聘アーティストと地元の祭り「東九条マダン」が新たに参加する。鴨川の河川敷に隣接する会場の立地とも相まって、原作小説とやなぎの演出作品の持つ文脈をより深く照射する上演になるのではないだろうか。
公式サイト:http://nichirinnotsubasa.com

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『日輪の翼』大阪公演|高嶋慈:artscapeレビュー

2017/07/20(木)(高嶋慈)

プレビュー:ART CAMP TANGO 2017 音のある芸術祭

会期:2017/09/09~2017/09/24 (金・土・日・祝日のみ開催)

旧郷小学校ほか[京都府]

地域アートの隆盛の中でも、「音」にまつわる芸術表現に焦点を当てた芸術祭。「音」を主軸に、現代美術、音楽、サウンド・アート、ダンスなどの領域を横断して活躍するアーティストを国内外から招聘する。「ART CAMP TANGO」は、京都府北部に位置する京丹後市在住のアーティストと地域の有志が立ち上げた団体。2013年より活動を始め、丹後に滞在するアーティストが自然環境や風土、文化から得た体験を地域と共有するアート・プロジェクトを展開してきた。今回の「ART CAMP TANGO 2017 音のある芸術祭」の参加アーティストは、大城真、小川智彦、木藤純子、木村玲奈、鈴木昭男、三原聡一郎、宮北裕美、山崎昭典。また、香港のアートNPO soundpocketと協働し、香港を拠点とする4名のアーティスト、サムソン・チェン、アルミミ・ヒフミ、フィオナ・リー、フランク・タンが参加する。
丹後とサウンド・プロジェクトとの関わりは1980年代にまで遡る。丹後は、日本のサウンド・アーティストの草分けである鈴木昭男が、日本標準時子午線 東経135度のポイントで耳を澄ますサウンド・プロジェクト「日向ぼっこの空間」を1988年に行なった場所であり、以後、30年に渡る鈴木の活動拠点となってきた。鈴木の丹後での活動を通して海外のアーティストとの交流へと発展し、近年、若い世代のアーティストが国内外から丹後に来訪し、新たな交流が生まれている。このような経緯から、丹後の自然の中で、アーティストと一般の参加者が共にアートを体験する「ART CAMP TANGO」の構想が立ち上がったという。
メインとなるプログラムは、ローカル線 京都丹後鉄道の貸切列車内や駅舎で行なわれるオープニング・パフォーマンス「その日のダイヤグラム ─ 丹後~豊岡 パフォーマンス列車の旅」、 廃校となった旧小学校舎を会場に、音を聴く体験や音のある環境へと誘う展覧会 「listening, seeing, being there」、丹後の文化や自然が感じられる場所でのサイトスペシフィック・パフォーマンス「アートキャンプ in 丹後」。さらに、3つの滞在プログラムも組み込まれている(アーティスト・イン・レジデンス、香港から一般参加者を受け入れる「Being There Retreat Camp」、大友良英が始めた「アジアン・ミーティング・フェスティバル (AMF)」のアーティストが丹後を訪れて行なうサウンドツアー)。地域との持続的なつながりをベースに、外との交流がどう実を結ぶか、期待される。
公式サイト:http://www.artcamptango.jp

2017/07/20(木)(高嶋慈)