artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

須田悦弘 展

会期:2012/10/30~2012/12/16

千葉市美術館[千葉県]

花の彫刻で知られる須田の個展。彼の作品のおもしろさは、極薄の葉っぱや花びらを虫食い穴までそっくり再現する繊細なリアリズムにあるが、それだけならちょっと腕の立つ職人でもできる。彼にとってより重要なのは、それをどこに置くか、どのように見せるかにあるだろう。彫刻そのものは小さく繊細なため、美術館のような大空間に展示するときには、目立たせると同時に作品に触れさせないようにもしなければならず、そのふたつの相反する条件を満足させるための仕掛け(インスタレーション)が必要になる。そこが最大の見せどころだ。最初の展示室にはいくつかの小屋を設け、そのなかで見せていたが、少し慣れてきたころに壁に直接飾り、最後の展示室はとうとう空っぽ。と思ったら、よく見ると床板のあいだや陳列ケースの隅っこなどにひっそりと草花を咲かせていることに気づくという、心憎い演出だ。したがって観客は作品を鑑賞する前に作品のありかを探索しなければならず、それを楽しむのが須田作品に近づく第一歩となる。その下の階では「須田悦弘による江戸の美」と題し、須田自身が千葉市美のコレクションから選んだ浮世絵などを展示しているが、ここにもちゃっかり須田の作品が陳列ケース内に乱入している。思わず笑ったのが、数粒の米。木でできたコメ。じつは須田の彫刻のいちばんのおもしろさは、植物を植物素材で彫るというトートロジカルなしぐさにあると思う。比べるとしたら、木で石と台座を彫った橋本平八の《石に就いて》か。

2012/12/02(日)(村田真)

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維新の洋画家──川村清雄

会期:2012/10/08~2012/12/02

江戸東京博物館[東京都]

川村清雄の名前は、神宮外苑の聖徳記念絵画館にある彼の作品《振天府》があまりにモダンだったため覚えた。この絵画館には明治天皇の事績を描いたのべ80人の画家による絵が常設展示されているが、ほかの画家が時代考証にのっとった歴史画を制作しているのに、川村だけが画面の上下を日本絵画独特の霞(またはマンガのフキダシ)みたいな曲線で分けて異なる時空を描き、まるで幻想画ともいうべきユニークな構成になっているのだ。その後もいくつかの作品を見るにつけ、流れるような絵具の伸びや細部をぼかして省略する画法などは、黒田清輝以前の明治美術会の世代としては例を見ず、いったいどこからこうした表現が生まれてきたのか不思議に思っていた。今回の大規模な回顧展を見て、ヴェネツィア留学時代に18世紀の画家ティエポロの影響を受けたことを知り、なんとなく納得。スピード感のある筆触や背景を白濁させてウヤムヤにする空気感がよく似ているのだ。晩年には、個々のモチーフこそ遠近感や立体感など西洋的作法が守られているものの、極端に横長(縦長)の画面に余白を大きくとったり、陰影を省略して日本絵画らしさを強調したりして、独創的といえるほど折衷様式に傾いている。川村清雄の名前が忘れられてきたのは、このように近代絵画の主流からはずれたティエポロに学んだり、みずから和洋折衷に入り込んでいったからだろう。だとするなら、その作品が再評価されるのは折衷主義が叫ばれたポストモダンの時代には当然のこと。むしろ遅すぎたくらいだ。

2012/12/01(土)(村田真)

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「ラファエロ」展:記者発表会

会期:2012/11/30

イタリア大使館[東京都]

来年は「日本におけるイタリア」年。「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」「ミケランジェロ展」も計画されているというから、ルネサンス3大巨匠のそろい踏みだ。これは驚き。もちろん《モナ・リザ》も《ダヴィデ》も来ないけど、腐っても3大巨匠だからな。その先頭を切るのが来年3月2日から国立西洋美術館で始まる「ラファエロ展」だ。ラファエロというと日本では先輩のレオやミケほどの人気はない。美術史的には先輩ふたりに勝るとも劣らない影響力をもっているのに、なぜ人気がないんだろう。それはおそらく頑固一徹な先輩たちに比べて性格が温厚で、若いころから画家として成功し、順調にエリートコースを歩んだからではないか。日本人は波瀾万丈の破滅型の芸術家が好きだからなあ。それにイケメンで女にモテたってのも不人気の理由かもしれない。なにしろ37歳で早逝した死因がヤリすぎだって説もある。話を戻そう。ラファエロでもっとも有名な絵といえば、ヴァチカンにある《アテネの学堂》だが、これはフレスコ画なので来ない。来るのは《大公の聖母》をはじめ、《聖ゲオルギウスと竜》《無口な女(ラ・ムータ)》《友人のいる自画像》《ベルナルド・ドヴィーツィ(ビッビエーナ)枢機卿の肖像》など、小品を中心に素描も含めて約25点。ほかにペルジーノやジュリオ・ロマーノら周辺の画家の作品、ラファエロの原画に基づく版画やタペストリーなども出品されるというから、極東の島国としては望みうる最高の「ラファエロ展」になるだろう。

2012/11/30(金)(村田真)

川俣正「Expand BankARTのためのプランとドローイング」

会期:2012/11/27~2012/12/17

GALERIE PARIS[神奈川県]

BankARTの個展のために制作したスケッチ、コラージュ、マケットなど数十点の展示。川俣は現在パリに家があるので、これらはBankARTの一部屋をアトリエにしてインスタレーション作業の合間にこしらえたものだ。こうしたスケッチやマケットはプロジェクトを実現していくための大まかな設計図みたいなものだから、作業が始まる前につくるのがふつうだが、今回は作業と並行して制作していた。もちろん商品として売る目的もあるからだが、おそらくプロジェクト全体の見直しや作業の確認といった意味もあるに違いない。それにしても手慣れたもの、ほとんど迷うことなく短時間でつくり上げてしまったという。

2012/11/27(火)(村田真)

黄金町バザール2012

会期:2012/10/19~2012/12/16

黄金町界隈[神奈川県]

2008年の横トリと同時に始まった黄金町バザールも、今年で5回目。京急日ノ出町から黄金町にかけて悪名高き風俗店が軒を連ねていた高架下も、年々アーティストのスタジオやギャラリー、ショップなどに衣替えしつつある。それはそれで「環境浄化」にはなっているはずだが、はたして街として活気づいているのだろうか。そもそもアートによる環境浄化や街づくりには限界があるし、結果的にアートが町づくりに役立つことはあるにしても、それを目的にアートを「使う」ことには疑問もある。が、それは今日午後からのシンポジウムで話し合うことにして、その前に展示を見ておかなくっちゃ、と開催1カ月以上も経たってから見に行ったのでした。黄金町のレジデンスアーティストにはあるまじき怠慢ですね。作品は日ノ出町駅から黄金町駅までの500メートル足らずの高架下周辺に集中しているのだが、長屋のように軒を連ねる小さい店舗跡を飛び飛びに使っているので、わかりやすそうでわかりやすくない。ま、それも探し歩く楽しみってことで。出品作家は黄金町のアーティストを中心に海外も含めて33組。うち、おもしろいと思ったのが5、6個あった。まず、通りに面した建物の壁にパースを利かせて空洞を描いた吉野ももの壁画《街の隙間》。遠近法を利用したトリックアートといえばそれまでだが、これがじつによくできていて、ある1点からだけでなくどの方向から見てもだまされてしまう。屋外ではもうひとつ、路地の壁にテレビ、レコードプレーヤー、携帯電話などの電気製品をぴったりはめ込んだマイケル・ヨハンソンの壁面インスタレーション。だいたい電気製品はサイズこそさまざまだが基本的に四角いので、幾何学的に隙間なくはめ込んでいけるのだ。これは美しい。そのほか、小部屋で縮小サイズの廃墟モデルなどを撮影して壁に映し出す伊藤隆介の《天地創造》や、一部屋全体をグロッタ状に装飾してそのなかで自作アニメを流す照沼敦朗の映像インスタレーション、石膏の壁を鳥のかたちに彫り透明樹脂で固めた中谷ミチコのレリーフ作品、細長い室内の全壁面にペイントした寺島みどりの《ペインティングルーム》などは一見の価値あり。こういう場所では観客や住民参加のコミュニケーションアートなどが増える傾向にあるが、それ以上に永続性がありアートとして見るに耐える作品こそ必要とされるのではないか。

2012/11/24(土)(村田真)

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