artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

シュテーデル美術館

シュテーデル美術館[フランクフルト(ドイツ)]

再びフランクフルトへ。1週間前はジェフ・クーンズしか見られなかったので、今日は拡張したばかりのシュテーデル美術館を訪れる。まずは3階のオールドマスターズ、2階の近代絵画を鑑賞。ここにもファン・エイクの小品をはじめ、デューラー、ラファエロ、レンブラント、フェルメールなどもあって、あらためて「この作品もここにあったのか!」と納得のいくコレクションだ。そして地下に新設された現代美術セクションへ。約3,000平方メートルというだだっ広い真っ白な空間に四角い箱を10個ほど建て、その内外に数百点を展示している。第2次大戦後のドイツ絵画が中心だが、写真も多い。なつかしいのは、最初に見に行った1982年のドクメンタ7に出ていた新表現主義のインメンドルフやミッテンドルフらの作品があったこと。彼らは80年代初頭に華々しく登場したものの、あまり長続きせず消えていったからだ。同じころ出てきたゲルハルト・リヒターやキーファーとは正反対の軌跡をたどったけど、ちゃんとコレクションされているんだね。今回は行かなかったが、フランクフルトにはMMK(近代美術館)もあるのでこれから競合しそう。うらやましい限りだ。

2012/09/16(日)(村田真)

ヤン・ファン・エイク《ファン・デル・パーレの聖母子》

グルーニング美術館[ブルージュ(ベルギー)]

午後から電車で30分ほどのブルージュへ。以前訪れたときより駅周辺は整備され、旧市街もチョコレートやレースなどの土産物屋ばかりが目につくようになったが、そんなの関係ねえ。ここへ来た目的はただひとつ、ファン・エイクの《ファン・デル・パーレの聖母子》を見ること。前回はグルーニング美術館が改修工事中で《ファン・デル・パーレ》はメムリンク美術館に仮展示されていたが、今回は新しい美術館のなかでのご対面となる。この絵は聖母子を中心に、左右にこの絵の依頼者ファン・デル・パーレや聖人たちを描いた幅170センチを超す油彩画の大作。これも細部の描写が見事で、右側の聖ゲオルギウスの甲冑や、左側の聖ドナトゥスの衣装の金の刺繍、床に敷かれた幾何学模様の絨毯、背景の円形のパターンのガラス窓など、あらゆる材質の質感が完璧に描き分けられている。これが油彩画の最初にして最高の到達点であることは間違いない。この美術館は小規模ながらもファン・エイクのほか、ファン・デル・ウェイデン、ハンス・メムリンク、ヒエロニムス・ボスらオールドマスターズを中心に、世紀末芸術や現代美術までひととおりそろっていた。

2012/09/15(土)(村田真)

ファン・エイク兄弟《神秘の子羊》

シント・バーフ大聖堂[ゲント(ベルギー)]

ゲントに来た目的は「トラック」が半分、もう半分はファン・エイクをはじめとする初期フランドル絵画を見るためだったりして。じつは一昨日も《神秘の子羊》と呼ばれる祭壇画が展示されているこの大聖堂を訪れたのだが、そのときは部分的に修復が始まっていて非公開、今日から再び公開されることになっていたのだ。よかったー3日間の滞在にして。この祭壇画、15世紀に兄のフーベルト・ファン・エイクが描き始め、兄の死後、弟ヤンが引き継いで完成させた幅5メートルを超す大作。トリプティクといって中央部と左右両翼の3枚が蝶番でつながり、各部分がさらに複数のパネルで構成され、表裏合わせて計24の画面から成り立っている。現在修復しているのは両翼の左右端にあるアダムとイヴの像と裏面で、ここには白黒の写真が貼りつけられていた。じつはこの絵を見るのはもう3回目なので新鮮味はないが、それでも髪の毛1本1本、木の葉の1枚1枚まで描き尽くそうとする観察力と描写力と忍耐力にはあらためて舌を巻く。最初に見たときには、油彩技法が開発されて間もない時期にこれほど完璧な油絵を描けたということが信じられなかったが、しかしひとたび油彩が事物のリアルな質感描写に最適だとわかれば、極限まで試してみたくなるのが人間というもの。おそらくファン・エイクは恐ろしいほど細部まで描けることに喜びを感じ、寝食を忘れてのめり込んだに違いない。つまり開発まもないからこそ究極まで突っ走ることができたのではないか。だから時代がたつにつれ、画家たちの関心は細部の再現性よりブラッシュストロークの表現性に移っていったのだ。


シント・バーフ大聖堂の前に立つファン・エイク兄弟像

2012/09/15(土)(村田真)

トラック

会期:2012/05/12~2012/09/16

ゲント中心街[ゲント(ベルギー)]

小雨のなか中心街の展示を見る。ビルの空室や廃屋を中心に、広場、教会、路上などさまざまな「隙間」にアートを侵入させている。庭園に長大な本棚を設けて貸し借り交換自由の図書館をつくったマッシモ・バルトリーニ、運河の交わる円形の池の側壁にファヴェーラを張りつけた川俣正、集会場の建物を縮小した家をツリーハウスのように樹上に置いたBenjamin Verdonck、天井の高い元ボクシングジムの室内いっぱいに廃材による巨大なインスタレーションを展示したPeter Buggenhout、廃虚化した貴族の館に住み込み、粘土でこしらえた人物彫刻を家具とともにインスタレーションしたマーク・マンダースなど。やはり映像とか言葉を使ったコンセプチュアルな作品は目立たず、スケールの大きな建築規模の作品や、その場所全体を作品化するようなインスタレーションが印象に残った。なかにはどれが作品なのかわからなかったり、すでに破壊された作品もあり(Ahmet Ogutのバルーンの作品は3回狙撃されて展示不可能となった)、それらを探しまわる苦労も含めて楽しむことができた。やっぱり街にアートを出すなら、反対でもいいから住人のリアクションがあったほうがいい。リアクションがあれば議論が始まり、反対した人たちも賛成に回る可能性があるからだ。いちばん困るのは無視されること。だから知らんぷりしたり無関心を装ったりする人が多い日本では、こういう野外展はとてもやりにくいと思う。


Benjamin Verdonck, Vogelenzangpark 17bis

2012/09/14(金)(村田真)

トラック

会期:2012/05/12~2012/09/16

S.M.A.K.周辺+ゲント・シントピータース駅[ゲント(ベルギー)]

朝早くカッセルを出発、フランクフルト、ブリュッセルで乗り換えて午後ゲントに到着。ホテルにチェックインしてさっそくS.M.A.K.(現代美術館)へ。ゲント市内の37カ所につくられた作品を見て歩く展覧会「トラック」はここからスタートする。その前に館内に展示されていたマリオ・メルツやダニエル・ビュレンらの作品を見る。はて、これはなんの企画展だろうと思ったら「シャンブル・ダミ」のコレクション展ではないか! 「シャンブル・ダミ(友達の部屋)」とは1986年、ヤン・フートがゲント市内の約50軒の民家に作品を設置した画期的な展覧会で、その後のミュンスター彫刻プロジェクトや越後妻有アートトリエンナーレなど野外展の先駆となった伝説的な展覧会だ。「トラック」は当時16歳でこの展覧会を体験したフィリップ・ファン・カウテレンがキュレーターとなって企画したという。つまりS.M.A.Kは「トラック」の源流として「シャンブル・ダミ」を回顧しているのだ。さて、地図を片手に美術館を出ると、公園に落ち葉を展示した陳列ケースが置かれている。エルムグリーン&ドラッグセットの作品だが、落ち葉は金属製らしい。Leo Copersは芝生に数十基の墓を設置。墓碑銘は「MoMA」「ルーヴル美術館」などすべて美術館の名前になっている。なるほど、美術館は墓場だといわれるからな。日本の美術館を探したら2基あった。森美術館と奈良国立博物館……どういう選択だ? そこから5分ほど歩いてシント・ピータース駅に行くと、古い時計塔が工事中だ。と思ったらこれが西野達の作品(西野は数年おきに名前を変え、今回はTazu Rousで参加)。円筒形の塔の回りに足場を組み、最上階の巨大な時計を囲むようにコジャレた部屋をつくって、「ホテルゲント」として泊まれるようにしてある。日本なら重要文化財級の建物のてっぺんにこんなラブホまがいの宿泊施設をつくるなんて、とても考えられない。ゲント市もよく許可したもんだと感心するわ。じつは駅周辺は工事中なので、頭の固い人たちには「時計塔は修復中」とかごまかしているのかもしれない。でもこれが人気で新聞や雑誌の一面に載り、会期終了後もしばらく「営業」を続けることになったというからごまかしようがない。そもそもゲントは中世から栄え、15世紀にファン・エイクが活躍したことで知られる古都。そんな歴史ある街だからこそ最先端のアートも「ぶつけがい」があるというものだ。


Tazu Rous, Hotel Gent

2012/09/13(木)(村田真)