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五十嵐太郎のレビュー/プレビュー

ノマドランド

リーマンショックによって工場が閉鎖し、カンパニータウンのエンパイアがまるごと消滅し、家を失った主人公のファーンが、アマゾンの配送センターなどで期間限定の仕事をしながら、自動車でアメリカを転々とし、様々な人と交流する物語である。驚くような映画的な大事件が起きるわけではない。基本的に地味な作品だが、定住生活とは異なる、個人の生き方と思想を描いたものだ。ファーンは自分が「ホームレスではなく、ハウスレスだ」という。かつてアメリカのトレーラーハウスなどに影響を受けて、黒川紀章は、人々が移動する未来社会を提唱する『ホモ・モーベンス』(1969)を刊行し、カプセル宣言を表明した。現在、取り壊しが懸念される《中銀カプセルタワー》(1972)も、その延長に位置づけられる。

しかし、21世紀のノマドは、そうした若々しいイメージではない。圧倒的に高齢者が多い現状を伝えている(カウンターカルチャーの時代に若者だった世代ではある)。だが、彼らは貧しさゆえに追いやられた存在だとみなすのも正確ではない。それぞれの事情からノマドになり、土地に縛られない尊厳を抱く移動者たちは、一方でアメリカのフロンティア・スピリットを継承したかのようだ。本作の態度も、面白半分でホームレスに近づくような日本の表現とはまったく違う。

ファーンも、実姉や親しくなったデヴィッドから、一緒に住まないかという誘いを受けるが、あえて放浪の旅を続ける。彼女がノマド生活を始める前は、むしろ先立たれた夫との思い出が残るエンパイアにこだわって、ずっと暮らしていたことが判明すると、これが初めて自由になったノマド生活であり、新しい出発への区切りとなる旅だったことがわかる。またこの映画を魅力的にしているのは、ファーンが旅先で出会い、別れ、そして再会する人たちだ。こうした登場人物の実在感は強烈であり、まるでドキュメンタリー映画のようなのだが、最後のエンディングロールで役名と本名が一致しているように、俳優ではなく、実際の車上生活者が多数出演したからだ。

それにしても、韓国人移民の家族を描いた『ミナリ』(アカデミー賞の主要6部門にノミネートされ、ユン・ヨジョンが助演女優賞を受賞)や、『ノマドランド』(中国出身の女性監督クロエ・ジャオがアカデミー賞の監督賞を受賞)など、映画界におけるアジア系女性の活躍が目覚ましい。


公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html

2021/04/16(金)(五十嵐太郎)

日立市の妹島和世建築群をまわる

茨城県日立市は妹島和世の地元ということもあり、いくつかの作品を現地で見学できる。例えば、独立して間もない1990年代の前半から、同市に拠点をおく金馬車という会社のパチンコ店のほか、その《旧・金馬車本社社屋》(1997)も手がけた。いずれも彼女らしい、ガラス張りの建築である。もっともその後、金馬車は倒産し、別の会社による合併を受け、本社が移転したせいか、建築は残っているものの、今年訪れた段階では《本社社屋》は使われていないように見えた。


《旧・金馬車本社社屋》


近年、公共的な空間として、妹島は《JR日立駅》(2011)のデザイン監修を担当し、SANAAの名義によって《日立市新庁舎》(2019)を設計している。前者は彼女が学生時代に使っていた交通施設でもあり、せっかく海が近いのに、それがまったく感じられなかったことから、車道を跨ぎながら自由通路を延長し、宙に浮いたガラス張りのカフェがつくられた。実際にここを使ってみたが、確かに見晴らしがよく、順番待ちが必要な人気の店舗になっている。また駅舎としてはめずらしく、妹島が設計したことをわざわざ明示するプレートが通路に掲げられていた。


《JR日立駅》の自由通路を延長してつくられたガラス張りのカフェ



《JR日立駅》構内のカフェからの眺望


《日立市新庁舎》が発表された際、同年に竣工した《日本女子大図書館》に付属する「青蘭館」や「警備員室」と同様、デザインの新機軸として、かまぼこ型のヴォールト屋根を使っているのが印象的だった。同キャンパスでは、続く「百二十年館」(2021)と「新学生棟」(2021)も、ヴォールトを共通のシンボルにしている。しかも、《新庁舎》は手前の広場において、そのモチーフをひたすら反復し、本体の建物よりも目立つ。雑誌の写真では、かたちが強すぎるのではという感じも抱いていたが、現地を訪れると、なるほど、周辺環境との関係がよく練られている。例えば、ヴォールトのフレームによって、隣接する家屋の風景を魅力的に切りとっていた。


連続するヴォールト屋根が印象的な《日立市新庁舎》広場



ヴォールト屋根の向こう側に位置するのが《日立市新庁舎》執務棟


ヴォールトという建築のヴォキャブラリーは、それこそ古代建築の重厚な組積造から登場しているが、これは地上からは見えにくい屋上面に補強材としてリブを設けることによって、見た目の薄さを探求している。ヴォールトをくり抜き、空が見えるパターンも興味深い。ヴォールト天井を反復した現代建築では、ルイス・カーンの《キンベル美術館》(1972)が有名だが、これはシンボリックな形態であると同時に、トップライトから光の拡散を意図していた。一方、妹島のヴォールトは、軽やかで開かれた広場をおおう屋根として、この形態に新しい解釈を与えている。


《日本女子大図書館》から青蘭館のヴォールト屋根を見る



ルイス・カーン《キンベル美術館》


2021/04/11(日)(五十嵐太郎)

いわき市の建築と被災の記憶

「Next World―夢みるチカラ タグチ・アートコレクション×いわき市立美術館」展は、佐藤総合計画が手がけた《いわき市立美術館》(1984)の展示室だけでなく、吹き抜けに面した2階のホールやエレベータの横(マウリツィオ・カテランによるミニ・エレベーターを展示)、1階奥のロビーも活用する意欲的な企画だった。室内も、塩田千春やハンス・オプ・デ・ビークなど、国内外の勢いのある現代美術をとりそろえ、楽しめる内容である。特に印象に残ったのは、リチャード・モスによる凄まじい難民キャンプの風景や、ひたすら階段を使って上下、もしくは部屋を横切り水平方向に歩く映像をつなげたセバスチャン・ディアズ・モラレスの作品《通路》だった。


「Next World―夢みるチカラ」展、展示風景


続いて海岸沿いに向かい、《いわき震災伝承みらい館》を訪れたが、普通の公民館のように見えたので、津波で被災した建物の再活用かと思いきや、完全な新築である。最後は階段をのぼって上階から海が見えるというセオリー通りの空間構成だが、あれだけの災害を記憶する施設なのだから、もう少し建築のデザインにも力を入れてほしい。もちろん展示の内容や手法も、である。


《いわき震災伝承みらい館》外観



《いわき震災伝承みらい館》上階からの眺望


その後、南下して小名浜に移動し、市場や水産物の飲食店が入る複合施設の《いわき・ら・ら・ミュウ》を訪れた。2階の「ライブいわきミュウじあむ」が、311を伝える展示として紹介されていたからである。正直、キラキラネームのような施設名はどうかと思うし、展示のデザインはごちゃごちゃしていて素人っぽいのだが、それでもまさにこの建物がかつて被災し、それが復活して使われているという事実が重みを与えていた。気仙沼の《シャークミュージアム》における震災の記憶ゾーンと似たような位置づけの展示と言えるだろう。


《いわき・ら・ら・ミュウ》外観



「ライブいわきミュウじあむ」展示風景

すぐ近くにあるのが、やはり津波の被害によって、多くの生物が犠牲になった《アクアマリンふくしま》(2000)だ。日本設計が手がけ、湾曲する巨大なガラスに包まれた建築である。現在、被災の痕跡はまったくわからず、館の歩みを紹介する展示のみが伝えられていた。ともあれ、水族館は屋上から歩く開放的な空間において、環境展示を工夫しており、なかなかの力作である(ただし、大きな水槽を眺めながら寿司を食べられるというのは微妙かもしれない)。最後に別棟の《金魚館》に立ち寄ると、様々な自然の生物を見てきただけに、改めて金魚という存在がいかに人工的につくられた生物なのかを痛感させられ、それも興味深い。


《アクアマリンふくしま》外観



《アクアマリンふくしま》館内


「Next World―夢みるチカラ タグチ・アートコレクション×いわき市立美術館」展

会期:2021/04/03〜 2021/05/16(*5月16日まで臨時休館につき、会期延長を検討中)
会場:いわき市立美術館


2021/04/11(日)(五十嵐太郎)

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東日本大震災・原子力災害伝承館

[福島県]

《東日本大震災・原子力災害伝承館》(2020)を訪れた。当初は展示が撮影禁止だったことや、展示の方針に関して批判されていたが、現在は一部をのぞき、自由に写真を撮ることができる。建築はまあきれいなのだが、単純にミュージアムとしての内容が薄すぎるのが気になった。


《東日本大震災・原子力災害伝承館》外観


例えば、最初に見ることが強制される(=拘束される)導入シアターにおけるプロローグの映像。スパイラル状にスロープが展開する巨大な吹き抜けで建築の見せ場なのだが、投影される映像はスクリーンが大きいため、解像度が圧倒的に足りない。これならインフォ・グラフィックスのみで構成するか、このサイズにあった新規の映像をもっと撮影すべきだろう。しかも途中まで英訳があるのに、後半はそれがない。また空間が十分に暗転しないため、映像の効果が薄れている。こんな映像でも制作費にそれなりのお金をかけているのだろう。後に続く展示も万事がこの調子で、語り部と精密につくられた原発の模型をのぞいて、ここでしか得られない情報やモノがわずかで、やってる感ばかりが目につく。


導入シアターの巨大な吹抜け部分


精密な福島第一原発の事故模型


「原子力発電所事故直後の対応」における、明らかにエヴァンゲリオンを意識した文字を使った映像も小手先ばかりで、もっとちゃんとした内容がほしい。世界中に報道された原発事故の展示も、台湾とイギリスの新聞記事だけで、これをやるなら、何十カ国もの新聞を集めるべきだ。「長期化する原子力災害の影響」のパートは、展示デザインがばらばら。最後の「復興への挑戦」も、槻橋修が主導した白模型を置くが、周囲から見るべき展示物を壁の奥に入れているため、モノと空間デザインに大きな齟齬がある。


日本の原発事故が報道された、台湾とイギリスの新聞


昨年オープンした施設にもかかわらず、資料閲覧室は閉じており、隙間からのぞくと、どうも中身がまだそろっていないようだ。またカウンターで販売しているものも、真面目な本はほとんどなく、ゆるキャラの防災てぬぐいなどである。滞在時に館内で数名の外国人を見かけたが、わざわざ来てもらってこれしか情報がないことに申し訳ない気持ちになった。


ショップで販売されているのは、ゆるキャラ・グッズや防災てぬぐい


ニューヨークの《911メモリアル》は、悲劇から10年かかって、ようやくオープンにこぎつけたが、さすがに時間をかけて資料を収集した執念の展示であり、そこでしか体験できない場だったのに対し、同じ10年で福島はたったのこれだけ!?と思わざるを得ない。これくらいならネットでも知りうるようなコンテンツであり、むしろあまり知ってほしくないのではないかと邪推したくなる。ここは展示の反面教師として学ぶべきことが多い施設だった。


屋外に展示された、スローガン看板など



《伝承館》2階からの眺望


2021/04/10(土)(五十嵐太郎)

茨城県のポストモダン建築をまわる

[茨城県]

増沢洵が設計した水戸の《レストランよこかわ》でランチを食べた。外観はほとんど変更しておらず、インテリアは什器や建具を一部残しており、50年前になる1971年のモダニズム建築が今もかなりよい状態で現役で使われていることに感心させられた。今度から《水戸芸術館》に行くときはぜひ再訪し、また食事をしたい洋食店である。


増沢洵《レストランよこかわ》店内


同館で開催された「3.11とアーティスト:10年目の想像」展は、2012年に続く311関連の企画だが、今回はよく作り込まれた会場において、厳選されたアーティストたちによる想像をめぐる作品群を紹介している。被災地に登場した《伝承館》のしょぼい記録の展示をいくつか見ると、改めて長い時間のスパンで記憶を担うアートの役割が大事であることを確信した(筆者が芸術監督をつとめたあいちトリエンナーレ2013でも、「記憶」をテーマに掲げていたが)。特に小森はるか+瀬尾夏美の展示は、言葉によって強いイメージを喚起させ、見応えがあった。磯崎新によって西洋の歴史建築の引用が散りばめられた《水戸芸術館》(1990)は、オープンして30年が経ったが、外装の石材は劣化せず、古びれない建築として存在感を維持していた。


「3.11とアーティスト:10年目の想像」展より、小森はるか+瀬尾夏美の展示風景



「3.11とアーティスト:10年目の想像」展より、小森はるか+瀬尾夏美の展示風景



「3.11とアーティスト:10年目の想像」展より、小森はるか+瀬尾夏美の展示風景



「3.11とアーティスト:10年目の想像」展より、小森はるか+瀬尾夏美の展示風景


新居千秋の《水戸市立西部図書館》(1992)は、気合いを入れすぎなくらいのポストモダン、すなわちクロード・ニコラ・ルドゥーなどの新古典主義とグンナール・アスプルンドの図書館を合成した建築である。これは映画『図書館戦争』のロケに使われたり、四半世紀以上にわたって「建築の存在価値を発揮し、美しく維持され、地域社会に貢献してきた建築」JIA25年賞を受賞したように、当初のインパクトを失っていない。今や日本の建築デザインは、倉庫化するような安普請の時代を迎えているが、《西部図書館》は倉庫さえも立派で、驚く。


新居千秋《水戸市立西部図書館》


渡辺真理+木下庸子+山口智久による《真壁伝承館》(2011)は、ポストモダン的な直裁的な引用ではないが、街並みを意識し、ランダムな家型を反復する外観に、可動椅子式のホール・図書館・伝統的建造物群保存地区などを紹介する歴史資料館を収める。おそらく街区の形状から導いたパースの効く中庭の空間も興味深い。そして、ここを起点に、江戸時代から昭和初期の古い家屋が数多く残り、伝統的建造物群保存地区に指定された周囲の街並みを散策することを誘う。


渡辺真理+木下庸子+山口智久《真壁伝承館》


東京ディズニーランドや浅田彰の『構造と力』が登場し、日本におけるポストモダン元年というべき1983年に竣工した磯崎新の《つくばセンタービル》は、今回初めてホテルの部分(ホテル日航つくば)に宿泊することができた。これも様々な古典主義を引用し、複雑な形態操作を試みており、何度訪れても発見がある。劇的なデザインと広場の空間ゆえか、映画やドラマの撮影場所によく使われることも特筆したい。もっとも、コロナ禍のせいか、下の飲食店がかなり閉鎖されていた。


磯崎新《つくばセンタービル》、奥の高層部がホテル日航つくば


ちなみに《つくばセンタービル》からは、立体的に歩車分離された10分程度の徒歩圏で、伊東豊雄の《つくば南3駐車場》 (1994)、谷口吉生の複合施設《つくばカピオ》(1996)、原広司の《竹園西小学校》(1990)、坂倉建築研究所の《つくば国際会議場》(1999)などを見学できる。スター建築家が集合する、すごい密度だ。


伊東豊雄《つくば南3駐車場》



谷口吉生《つくばカピオ》



原広司《竹園西小学校》



3.11とアーティスト:10年目の想像

会期:2021/02/20~2021/05/09
会場:水戸芸術館 現代美術ギャラリー


2021/04/09(金)(五十嵐太郎)

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