artscapeレビュー
露口啓二『自然史』
2017年05月15日号
発行所:赤々舎
発行日:2017/03/01
これまでは、自身が住んでいる北海道の風景を中心に撮影してきた露口啓二だが、今回赤々舎から刊行された写真集『自然史』では、その撮影範囲が大きく広がってきている。北海道の沙流川と漁川の流域、空知地方の炭坑跡だけではなく、東日本大震災の被災地(岩手県、宮城県、福島県)、福島原子力発電所事故による帰還困難区域、同区域の境界線の周辺、その外側の居住制限区域と避難指示解除準備区域、さらに露口の生まれ故郷である徳島に近い吉野川流域にまで視線を伸ばしているのだ。
このシリーズもまた、先に紹介した大塚勉と同様に、東日本大震災を契機として、変質していく風景のあり方を、写真を通じて探究・定着しようとする取り組みといえる。だが、露口のアプローチは、あくまでも個人的、偶発的な写真撮影の行為を基点とする大塚と比較すると、『自然史』というタイトルにふさわしく、より客観的、包括的であり、厳密な方法論に裏打ちされたものだ。注目すべきなのは、緻密に組み上げられたカラー写真の画面のそこここで繰り広げられている、自然と人工物の争闘のすがたである。漁川の「本流シチラッセ」の河岸に散らばっている食器類や酒瓶、夕張市近辺の炭鉱地帯の廃屋、福島の帰還困難区域に凶暴なほどの勢いで生い茂っていく植物群など、露口の写真のあちこちに、複雑に絡み合う自然と人間の営みの断面図が、上書きに上書きを重ねるように錯綜しながら露呈している。
ただ、写真に地名、あるいは「N37°35' E140°45' 12"_2016」というふうに、緯度/経度をキャプションとしてつけるだけでは、そこに写しとられた重層的な時空間の構造を明確に伝えるのはむずかしい。露口は旧作の「地名」(1999~2004、2015に再開)のキャプションに、アイヌ語の音に即した和語の地名と、その元になったアイヌ語の地名とその原義を併記したことがあった。この「自然史」の連作においても、そのような、より広がりを備えたテキスト操作が必要になってくるのではないだろうか。
2017/04/12(水)(飯沢耕太郎)