artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

マルタ・ズィゲルスカ「Post」

会期:2017/01/14~2017/01/29

Reminders Photography Strongholdギャラリー[東京都]

マルタ・ズィゲルスカは1987年、ポーランド・ルブリン生まれの写真家・アーティスト。このところ、ヨーロッパ各地で展覧会を開催し、2015年には「Post」シリーズで、世界有数の銀行グループHSBCホールディングスが主催するHSBC写真賞を受賞するなど注目を集めている。
ズィゲルスカは2013年に瀕死の交通事故に遭い、その後遺症で不安神経症がぶり返すなど、写真作品の制作を一時中断せざるを得ない危機的な状況に陥った。「Post」は、そこから出発した「トラウマ、沈黙、緊張のプロジェクト」である。《大人のコートを着た少女》、《たくさんの椅子を背中や腰に背負った裸の女》、《プレスされた自動車》、《血の染みのついたコート》などの写真には、トラウマや恐れを払いのけようともがいているさまが、痛々しいほどの身体性の強いイメージとして表現されている。重いテーマだが、写真を通じての精神的な治癒への道筋が明確にさし示されていて、気持ちのいい作品に仕上がっていた。ポーランドの写真家の作品が日本で紹介されることはほとんどないので、貴重な展示の機会といえるだろう。
なお、今回の展覧会は、東京・曳舟のReminders Photography Stronghold(RPS)が公募するグラントの受賞展として開催された。RPSは2012年に後藤由美、後藤勝によって設立された。東京・曳舟でギャラリー、図書館、ワークショップ、宿泊施設などを兼ねたスペースを運営し、写真を通じて「世界で何が起きているのかを人々に伝える」活動を展開している。写真家に企画展を提案してもらい、審査委員会で選ばれた作家にギャラリースペースを無償で提供するのがグラントの制度で、今回のマルタ・ズィゲルスカ展で12回目になる。注目すべき、ユニークなプロジェクトとして育ちつつあるのではないだろうか。

2017/01/27(金)(飯沢耕太郎)

梅佳代『白い犬』

発行所:新潮社

発行日:2016/12/22

梅佳代はよく、岩合光昭や星野道夫のような動物写真家たちの仕事に対して、憧れや共感の思いを語ってきた。彼女の「日常スナップ」と動物写真とは、かなり違っているように思えるが、たしかに被写体に対する距離感の測り方、シャッターを切るタイミングのつかみ方など、共通性もありそうだ。そんな梅佳代の「初の動物写真集」が本書『白い犬』である。
被写体になっているのは、彼女が18歳で写真学校に入った頃に、弟が野球部の寮から拾って来たという「白い犬」。リョウと名づけられたその犬は、石川県能登町の実家の飼い犬となる。それから17年間、帰省の度に折に触れて撮り続けた写真群が写真集にまとまった。それらの写真を見ていると、被写体との絶妙な距離感を保ちつつ、「シャッターチャンス」を冷静に判断していく梅佳代の能力が、ここでも見事に発揮されているのがわかる。リョウは時にはユーモラスな表情で、時には哀愁が漂う姿で、また意外に獰猛な野生の顔つきで、いきいきと捉えられている。どこにでもいそうな雑種の犬の、何でもない振る舞いから、奇跡のような瞬間が引き出されてくるのだ。身近だが、異質な「いのち」のあり方を写真によって問い直す、いい「動物写真集」になっていた。
この写真集は、名作『じいちゃんさま』(リトルモア、2008)の続編ともいえる。普段の瞬発的な「日常スナップ」の集積とは違って、『じいちゃんさま』のような長期にわたって撮り続けられたシリーズには、ゆったりとした時間の流れが醸し出す、民話のような物語性が生じてくる。梅佳代のなかに、「物語作家」という新たな鉱脈が形をとりつつあるのではないだろうか。

2017/01/25(水)(飯沢耕太郎)

村山康則/Rieko Honma「raison d’être─存在理由」

会期:2017/01/21~2017/01/29

BankART Studio NYK/1F Mini Gallery[神奈川県]

村山康則とRieko Honmaは、2015年にパシフィコ横浜で開催された「御苗場vol.16」に参加していた。互いの作品に共感を抱いた2人は、2年後に写真展を共催しようと考える。それが今回のBankART Studio NYKでの展示に結びついていくことになった。「raison d’être─存在理由」というタイトルには、「私たち自身の社会の中での在り方、なぜ写真を撮るのか、なぜArtが必要か、さまざまな理由を自らの視点から見つめ直し、もう一歩踏み込みもう一歩超えて行けるように」という思いが込められているという。
Honma の展示のメインは「cube」のシリーズで、透明なガラスの箱をいろいろな場所に置き、その中にモデルを入れてポーズをとらせている。箱を配置する空間の設定、撮影の条件の選び方、モデルのポージングなどがよく考えられていて、破綻がない作品に仕上がっていた。ただ、モデルがすべて若い女性であり、シチュエーションもほぼ均一で、予想の範囲に留まっているのがやや物足りない。可能性のある作品なので、さらに大胆に、予想がつかないような展開を盛り込んでいく工夫が必要になりそうだ。
村山の「T.L.G.B」も、コンセプトを先行させたシリーズである。都市空間の中で、頭上から光が下に落ちてくるような場所をあらかじめ選び、そこに誰かがちょうど通りかかった瞬間を狙ってシャッターを切る。あたかも舞台のスポットライトのような光の効果がドラマチックに作用して、見ごたえのある場面が写し取られていた。一枚だけ、自分自身がモデルとなって画面の中に入り込んだ写真があって、その「女装する」という意表をついた設定も効果的だった。写真の大きさ、フレーミングの処理など、最終的な展示効果をもう少し丁寧に押さえていけば、いいシリーズになっていくのではないかと思う。
Honmaや村山のような、次のステージに出て行こうとしている写真家にとって、このような展覧会の企画は、とてもよいステップアップの機会になる。次は「もう一歩」作品世界の内容を深めて、ぜひそれぞれの個展を実現してほしい。

2017/01/24(火)(飯沢耕太郎)

谷川俊太郎展

会期:2018/01/13~2018/03/25

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

谷川俊太郎が60年以上にわたって発表し続けてきたコトバ、モノ、映像など多彩な作品世界が開陳されている会場に、1982年にダゲレオ出版から刊行された写真集『SOLO』におさめられた写真群がかなり大きなスペースを占めて展示されていた。これは嬉しいことだ。というのは、谷川はとてもいい写真家ではないかと前からずっと思っているからだ。
『SOLO』はかなり実験的な写真集で、当時仕事場として借りていた新宿のワンルームマンションの一室を舞台に、日常の断片がアトランダムに切り取られ、無造作に投げ出されている。チラシや新聞記事、楽譜などのコピー、昔の写真なども挟み込まれており、その雑然とした、やや不穏な空気感は、その時期の彼のやや荒んだ精神や身体の状況を反映しているようでもある。いわば、谷川流の「私写真」というべきこの仕事を、彼が大事にしていることが、展示からもしっかりと伝わってきた。
じつは谷川にはもうひとつ、重要な写真の仕事がある。個人的な関わりもあるので、その写真文集『写真』(晶文社、2013)の作品が展示されていなかったのはちょっと残念だった。『写真』を見れば、デジタル時代になっても谷川がこの表現メディアに強い関心を寄せ続け、そのあり方について思いを巡らし、テキストを書き続けていることがよくわかる。その関心は、いまも持続しているはずだ。あらためて、「写真家・谷川俊太郎」という観点から展覧会を企画することも充分に可能なのではないだろうか。

2017/01/21(日)(飯沢耕太郎)

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山縣勉「涅槃の谷」

会期:2016/12/17~2017/02/04

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

山縣勉の新作は2011年頃から、秋田県の玉川温泉を撮影したシリーズだった。岩手県と青森県との県境に近いこのあたりには、ラジウムの成分を含む北投石という岩が点在している。山縣は父親の癌の治療法を調べるうちに、この温泉の存在を知り、その地を訪れるようになり、そして湯治客や周囲の風景を撮影するようになった。その成果をまとめたのが今回のZEN FOTO GALLERYでの個展である。
タイトルの「涅槃の谷」というのは、「山を中心に人が点々と横たわっている」光景を見たとき、仏陀と十大弟子が思い思いの恰好で寝そべっている「涅槃図」を思い出したからだという。たしかに、山縣の写真には、生と死との境目にたゆたうような、奇妙な安らぎの境地が写り込んでいるように見える。それは、われわれ日本人にとって、たまらなく懐かしさを感じてしまう眺めでもある。ただ、彼のモノクローム、粗粒子の写真表現のあり方は、日本の写真家たちが積み上げてきた、この種の写真が醸し出す空気感にあまりにも予定調和的にフィットしてしまう。癌の治療効果があるといわれる放射線を発する石というのは、とても面白いテーマなので、もう少しそちらに焦点を絞ったアプローチも考えられそうだ。北投石は台湾でも産出するということなので、そこで撮影するというのもいいかもしれない。ここで終わりにしないで、最終的なプリントワークも含めて、作品全体をもう一度見直して再構築していってほしい。
なお、展覧会にあわせて、ZEN FOTO GALLERYから同名の写真集が刊行された。全部で108枚の写真をおさめたという力作だ。装丁・デザインを含めて、写真をどう見せていくかを熟考し、写真集のかたちに丁寧に落とし込んでいる。

2017/01/21(土)(飯沢耕太郎)