artscapeレビュー

宮嶋康彦「Siberia 1982」

2013年11月15日号

会期:2013/09/20~2013/11/16

gallery bauhaus[東京都]

1982年11月、31歳の宮嶋康彦はチェホフの『シベリアの旅』を読んだことをきっかけに、「日本人の起源」を求めてモスクワ経由でシベリアに旅立った。指導者のブレジネフの死後まだ間もない時期、ソビエト社会主義政権にはすでに荒廃の気配が色濃く漂い、崩壊への坂道を転がり落ちつつあった。若い写真家は、4×5判の大判カメラを抱え、KGB(国家保安委員会)のメンバーらしい男の尾行に遭ったり、フィルムを没収されたりといった苦労を重ねながら、辞書片手に人々に声をかけて写真を撮影し続けた。今回のgallery bauhausの個展では、これまで未発表だったその「Siberia 1982」シリーズから37点が展示されていた。
落日の愁いを帯びているかのような男女の表情、街のあちこちにある巨大なレーニンの彫刻や肖像画、特権階級のみが所有を許される最高級車チャイカ、氷結し始めているバイカル湖──戸惑いと逡巡を隠すことのない眼差しによって捉えられた光景からは、この時期にしか写しえなかったであろうリアリティを感じることができる。「モスクワの街に到着した日。街の一角が燃えていた。二度の大きな爆発音」。揺らぐ思いを伝えるキャプションも効果的だ。
展示作品はすべてプラチナ・プリントで仕上げられているのだが、その選択についてはやや疑問が残った。プラチナ・プリントは、中間部のグレートーンの諧調の豊かさに魅力がある。だが、このシリーズにはむしろ白黒のコントラスト、特に暗部の締まりが必要であるように思えるからだ。展示プリントと、同時に刊行された写真集(Office Hippo)のくっきりとした印刷との間に、かなりの違いがあるのも、混乱を招くかもしれない。

2013/10/15(火)(飯沢耕太郎)

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