artscapeレビュー
原芳市「常世の虫」
2013年09月15日号
会期:2013/07/31~2013/08/13
銀座ニコンサロン[東京都]
原芳市は昨年のサードディストリクトギャラリーでの個展に続いて、2013年3月に写真集『常世の虫』(蒼穹舎)を刊行した。今回の銀座ニコンサロンでの個展は、そこにおさめられた作品60点によるものである。
「常世の虫」というのは、『日本書紀』巻24の「皇極天皇3年(644年)」の項に記された宗教弾圧事件のことだ。大化の改新を翌年に控えたこの年、アゲハチョウの幼虫を「常世の虫」として拝み、踊り狂うという奇妙な教団が静岡に出現し、急速に勢力を伸ばした。当然、世を惑わす危険分子として彼らはすぐに鎮圧される。わずか12行あまりのこの文章に心惹かれた原は、虫と人間の営みを融通無碍に対比、並置させるような写真シリーズを制作することをもくろんだ。それが今回展示された「常世の虫」だ。
「人は死んで虫に化身するという伝説を聞きます。本当なのかもしれません。『常世の虫』を得たことで、ぼくは、とても、自由な気分を味わっているのです」。会場に掲げられたこのコメントを見てもわかるように、「常世の虫」では、虫たちと人間の世界とは、隣り合い、混じりあい、常に入れ替わっている。蟻や尺取り虫や蛾が大きくクローズアップされた写真の横には、生まれたばかりの赤ん坊や死に瀕した老婆の写真が並び、その合間に稲妻がひらめき、花火が打ち上がる。エロスとタナトス、ミクロコスモスとマクロコスモス、光と闇とがめまぐるしく交錯する原の作品世界は、だがゆったりとした安らぎを保っており、見る者はそこで深々と呼吸することができる。このシリーズは彼の代表作となるべき作品であるとともに、「私写真」の伝統を受け継いだ日本写真の最良の成果のひとつと言えるだろう。
2013/08/09(金)(飯沢耕太郎)