artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

140年前の江戸城を撮った男 横山松三郎

会期:2011/01/18~2011/03/06

江戸東京博物館 常設展示室5階[東京都]

幕末から明治にかけての日本写真史の草創期には、ユニークな人物がたくさん登場してくる。だが、そのなかでも横山松三郎(1838~1884)は群を抜いて興味深い生涯を送ったひとりではないかと思う。択捉島に生まれ、1852年に函館に出てロシア人から写真と洋画の技術を学ぶ。その後横浜で写真師の草分けである下岡蓮杖に入門、1868年に江戸から東京へと変貌していく首都に移って写真館と洋画塾を経営した。1869~70年の日光全山撮影、71年の旧江戸城の撮影、72年の関西地方の寺社・宝物の撮影など、明治初期の写真史に残る偉大な業績を残した。一方で彼は進取の気質に富み、ゴム印画法、カーボン印画法のような新技法を実験するとともに、「写真油画」と称する彩色写真の技術を自ら発明している。その早熟の天才ぶりを見ると、まだ40歳代前半の死はあまりにも早過ぎたといわざるをえないだろう。
今回の展覧会は、その横山の代表作を周辺資料も含めて一堂に会したものである。これまでも何度か横山の作品を見る機会はあったのだが、本展は質、量ともに画期的なものだ。あらためて彼の生涯を振り返るとともに、幕末・明治期の写真表現の広がりを、実物を通じて確認できるよい機会になった。横山の作品のなかにはセルフポートレートがかなり多く含まれている。丁髷姿のういういしい自写像から、死の直前まで描き続けたという鬼気迫る表情の自画像(油画)まで、彼が相当に自意識の強い人物だったことがよくわかる。その強烈な個性が写真や洋画にどのように表現されているのか、今後はそのあたりをもっと丁寧に読み解いていく必要がありそうだ。

2011/02/06(日)(飯沢耕太郎)

吉村和敏「MAGIC HOUR」

会期:2010/12/22~2011/02/12

キヤノンギャラリーS[東京都]

「MAGIC HOUR」というのは「夕陽が沈んだ直後から、空に一番星が現れるまでのわずかな時間」のこと。たしかに空や大気の色が一瞬のうちにみるみる変化し、家々のイルミネーションが宝石のように瞬くこの時間には、魔術的な魅惑がある。「奇蹟」とか「永遠」とか言う言葉がよく似合うこの「MAGIC HOUR」の風景を、吉村和敏はアメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、ベルギー、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、そして日本など世界各地で撮影した。そのなかから厳選された作品が小学館から写真集として刊行されるとともに、品川のキヤノンギャラリーSの会場に、スポットライトに照らし出されて並んでいた。
「MAGIC HOUR」はたしかに美しく魅力的だが、それは同時に「黄昏時」であり「逢魔が時」でもある。つまりどこか禍々しさを秘めた、死者たちの領域と近接する時間でもあるのだが、吉村の作品はひたすら安らぎの微光に満ちあふれていて、そんな気配は微塵もない。だが、それはそれでいいのではないだろうか。風景を品のよい上質の「絵」として定着するのが彼の本領であり、多くの観客を引きつける理由にもなっているからだ。一方で吉村は、ほぼ同時期に『CEMENT』(ノストロ・ボスコ)という写真集も刊行している。北海道の石灰岩採掘現場とセメント工場を大判カメラで撮影したこのシリーズは、「MAGIC HOUR」とは対極にあるハードな仕事だ。風景写真家としての野心と志を、彼は多様な領域にチャレンジすることで、さらに強く発揮し始めているように感じる。

2011/02/04(金)(飯沢耕太郎)

王子直紀「KAWASAKI」

会期:2011/01/15~2011/02/27

photographers’gallery[東京都]

王子直紀はこれまでもずっと川崎周辺の路上をスナップしたモノクローム写真を発表し続けてきた。だが今回の「KAWASAKI」展を見て、その完成度が格段に上がり「黒ベタ、縦位置の美学」といえるような強度にまで達していると感じた。以前は不規則に傾き、揺れ動いていくような、ノーファインダーの画面に執着していたのだが、今回の展示作品はどっしりと落ちついて見える。川崎市市民ミュージアムの中庭にある溶鉱炉のモニュメントや、「京浜急行発祥の地」という石碑が写っているということもあるのだが、人物や建物の一部を切り取った作品でも、モニュメンタルに直立するようなあり方が強調されているのだ。王子自身、「歩く速度が遅くなった」と言っていたが、たしかに光景を把握し、捕獲していく姿勢そのものが変化しているということだろう。
もうひとつ気になったのは「鳥獣保護区」「水子地蔵・子安地蔵・子育地蔵」「信号直進 ココ左折」「元祖チヂミ本店」「D & G」といった看板や掲示物の文字が写り込んでいる写真が多いこと。ちょうど中平卓馬展を見たあとだったので、その共通性を強く感じた。ただ、言葉の意味を軽やかに宙づりにしてしまう中平の写真と比較すると、王子の場合は塗り込められたようなモノクロームの調子もあって、文字の物質性(呪術性といってもよい)がより強調されているように感じる。いずれにせよ、「KAWASAKI」という場所へのこだわり方が、彼の作品世界中に凝固し、揺るぎないものになってきていることは確かだ。

2011/02/02(水)(飯沢耕太郎)

石川光陽 写真展

会期:2010/12/07~2011/03/21

旧新橋停車場鉄道歴史展示室[東京都]

石川光陽(1904~1989)は1927年に警視庁に巡査として採用されて以来、63年に退職するまで主に写真撮影を業務としてきた。犯罪や政治活動だけではなく、そのなかには昭和史を彩るさまざまな場面が含まれている。特に有名なのは1942年から終戦に至るまでの東京空襲の記録である。凄惨な状況を克明に記録したそれらの写真は戦後になってから発表され、貴重な資料として高い評価を受けている。だが彼は、昭和初期から戦後にかけての東京の街の風俗の変化を写しとったスナップ写真も多数残していた。今回は東京・九段の昭和館が保存する9,000点あまりの石川の作品のなかから約80点を、「交通と乗り物」「都市と下町」「警察官として」の3部構成で展示している。
本展を監修した東京都写真美術館専門調査員の金子隆一がカタログに書いているように、石川の写真はプロの報道写真家とはやや異なった肌合いを感じさせる。報道写真家はあるテーマを強調して現実を分析的に切り取ってくる。それに対して石川の写真は個人的なメッセージではなく、あくまでも客観的な記録に徹しているため「引き気味な撮影ポジション」が選ばれており、「写真の中にはいくつもの現実が交錯している」ように見える。彼自身の視点が希薄な分、写真を見るわれわれは直接的に1930~40年代の街の情景に向き合っているように感じるのだ。そうやって見えてくる街や人のたたずまいは、戦時下にもかかわらず意外に穏やかで居心地がよさそうだ。いくつもの読み取りの可能性を示唆してくれるという意味でも貴重な写真群といえるだろう。

2011/02/01(火)(飯沢耕太郎)

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秦雅則/エグチマサル「写真/物質としての可能性」

会期:2011/01/25~2011/01/30

企画ギャラリー・明るい部屋[東京都]

2009年4月にスタートした企画ギャラリー・明るい部屋の活動期間は、あらかじめ2年間ということになっているので、だいぶ終わりが近づいてきた。今回は中心メンバーのひとりの秦雅則と、何度か明るい部屋で個展や二人展を開催しているエグチマサルによる意欲的な展示である。
秦とエグチは2010年8月8日から2011年1月24日まで、写真作品のデータをインターネットでやり取りしながら、加工・改変していく作業を続けた。秦がつくった作品にエグチが変更を加え、それをまた秦に送り返す。画像の一部をかなりはっきりと活かしている作品もあれば、まったく別の画像につくり変えてしまう場合もある。そのやり取りのプロセスが、そのまま228枚の作品(壁に214枚、テーブル上に最終日に制作された作品が14枚)としてギャラリーに展示されていた。作品の一枚一枚の変幻の様子も興味深いが、それよりもプロセス全体が一挙に見えてくることに注目すべきだろう。デジタル化以降の、不安定で流動的な写真画像の「物質としての可能性」を、しっかりと確認していこうというユニークなアイディアの企画といえる。
なお、現代美術系のウェブサイトFFLLAATT(http://ffllaatt.com)では、同時期に秦雅則とエグチマサルによる「写真/仮想のイメージとしての可能性」展(2011年1月1日~2月28日)が開催されている。彼らの作品から42枚をシャッフルして取り出し、無記名でウェブ上にアップするという試みである。画像は自由にダウンロードすることができる。このような「写真の物質的価値をまったく無視する」展示をぬけぬけと並行してやってしまうあたりが、なかなか頼もしい。今のところはまだ試行錯誤の段階だが、こういう実験から何かが芽生えてきそうな気がする。

2011/01/25(火)(飯沢耕太郎)