artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
世界のブックデザイン2012-13
会期:2013/11/30~2014/03/02
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
世界8カ国で開催されているブックデザインのコンクール、および「世界で最も美しい本コンクール(Best Book Design from all over the World 2013)」の入賞作品約200点を展示する展覧会。毎年恒例の展覧会であるが、この企画が優れているのは、ケースの中に展示されている本を眺めるのではなく、すべての本を実際に手に取って読むことができる点にある。各国のコンクール別に設けられた低い展示台の前には丸椅子が用意されており、それぞれの本の造作、手触り、内容を、図書館で本を読むように腰を落ち着けて鑑賞することができる。3カ月余の展示期間に人々の手に触れられたことで痛んでしまう本もあるが、それ自体も造本に対する評価の視点となりうるというのが本展の企画を担当する寺本美奈子・印刷博物館学芸員の話である。そういう意味では会期末にもう一度展示を見に行くべきかも知れない。ただし、入賞作品には不特定多数の鑑賞を想定していない書籍もあるので難しいところである。
優れたブックデザインとはどのようなものなのか。その基準は各国のコンクールによって異なっており、またその年の審査員によっても評価の重点は変わる可能性がある。日本の造本装幀コンクールの場合、その目的は「出版・デザイン・印刷・製本産業の向上発展」であり、審査基準は「1. 造本目的と実用性との調和がとれており、美しく、かつ本としての機能を発揮しているもの。 2. 編集技術ならびに表紙・カバー・本文デザインが創造性に富み、将来に示唆を与えると認められるもの。 3. 印刷・製本技術が特に優れているもの。 4. 材料の選択が特に優れているもの。」とされている 。各国から推薦された書籍を審査の対象とする「世界で最も美しい本コンクール」では、その基準について毎年公開の場で議論が行なわれているとのことである。
審査の対象は書籍の装幀であって内容ではないはずであるが、それでも受賞作には美術書や作品集、写真集が目立つのはやむを得ないことなのか。こうしたジャンルには少部数で高額な本、読者を限定する本が多い。しかしながら、時間とコストをかけてつくられた高額な書籍の装幀が凝っていてもそれはむしろ当然のことである。挑戦的なブックデザインへの評価は必要であるが、書物を手にとってもらい人々に言葉を届けるという装幀の目的を考えれば、その価格も評価の対象となってしかるべきではないだろうか。原研哉氏の装幀で、1,700円(税別)という価格の『魯迅の言葉』(平凡社、2011)が「世界で最も美しい本コンクール」で銀賞を受賞したことは、その意味でも特筆すべきことと思う。[新川徳彦]
2014/01/15(水)(SYNK)
定窯・優雅なる白の世界──窯址発掘成果展
会期:2013/11/23~2014/03/23
大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]
河北省保定市曲陽県に位置する、定窯の窯址の出土品66点を日本で初めて紹介する展覧会。定窯とは、中国・宋代(960-1279)の白磁窯のことで、宋代五大名窯のひとつであるという。名窯のひとつと言われながらも、定窯の窯址は廃止後、長い間謎のままだったが、1934年に中国のある陶磁研究者によってようやくその全貌が明らかになった。また1941年に行なわれた、日本の陶磁研究者・小山富士夫(1900-1975)による現地調査もよく知られている。以後、北京大学考古文博学院などによる本格的な共同発掘が実施、白磁の破片などが発見され、中国陶磁史上の重大発見のひとつとして注目を集めた。むろん時代や地域が異なるので直接比較するには無理があるが、定窯には中国・明時代や、日本や朝鮮の白磁とはまた違う、優雅で洗練された美しさがあり、素人のわたしには白磁というより青磁を見ているような不思議な気がした。[金相美]
2014/01/15(水)(SYNK)
特別展「川瀬巴水──生誕130年記念」
会期:2013/10/27~2014/03/02
大田区立郷土博物館[東京都]
川瀬巴水は昭和5(1930)年から亡くなる昭和32(1957)年まで、大田区の馬込に居を構えていた。そのような縁で、大田区立郷土博物館はこれまでに川瀬巴水の作品を重点的に蒐集してきた。摺りの異なる作品や、試摺り、順序摺りなどを含めるとその数は500点ほどになるという。2012年末には馬込時代の作品に焦点をあてた展覧会が開催されるなど(「馬込時代の川瀬巴水」、2012/12/01~12/24)、これまでにもたびたび巴水展が開催されてきた
千葉市美術館の巴水展とのいちばんの違いは、千葉が渡邊木版美術画舗のコレクションと渡邊版新版画で構成されているのに対して、大田区立郷土博物館の展示では渡邊以外の版元の作品も出品されている点。重なっている出品作が多いが、あえて両展覧会を区別するならば、千葉市美術館は版元渡邊庄三郎の仕事における川瀬巴水であり、大田区立郷土博物館の展示は版画家川瀬巴水の全貌と言えるかも知れない。ここでは、ほとんどの作品はマットのみで、ガラスケース内に展示されている。鑑賞者と作品との間にはやや距離があるが、摺りによって生じた紙の肌合いの変化を見るにはこのほうが好都合のようだ。空摺り、黄昏時に浮かび上がる街の光、独特な雪の表現、ざら摺りによる空や地面、そして湖や川、雨や水たまりなど、巴水の作品を特徴付けている数々のモチーフをじっくり堪能できる。30回から40回摺り重ねられた作品は、海外の人々には水彩画と間違えられることもあったというが、水彩による下絵と比べてみると、これはやはり版画ならではの表現であることがわかる。
今回初めて摺りの実演を見る機会を得た。「東京二十景 荒川の月」を例に、1日かけて比較的わかりやすい部分のみを20回ほど摺り重ねていたが、ひとつの版を複数回用いて色とグラデーションの幅を変えながら摺り重ね、あの深みのある色彩を表現しているのだ。版元、絵師、彫師、摺師という制作体制は江戸期の浮世絵を引き継ぎながらも、表現手法や摺りはずいぶんと異なるものなのだということがわかった。展覧会図録は、作品とスケッチなどの図版が中心で、他には詳細な年譜が載っているのみである。しかし、本展の企画者である清水久男学芸員も寄稿している『浮世絵芸術』153号(特集=川瀬巴水、2007)はインターネット上で読むことができるので 、ぜひとも展覧会とともに参考にされたい。[新川徳彦]
2014/01/12(日)(SYNK)
日本のデザインミュージアム実現にむけて展
会期:2013/10/25~2014/02/09
21_21 DESIGN SIGHT[東京都]
2012年秋、三宅一生氏と青柳正規氏を発起人として、「国立デザイン美術館をつくる会」が発足した。これまでに東京・六本木(2012年11月)と仙台(2013年4月)でパブリック・シンポジウムが開催され、日本のデザインミュージアムが目指す姿について議論が行なわれてきた。本展はこの動きに呼応したもので、21_21 DESIGN SIGHTでこれまでに開催されたデザイン展を振り返り、デザインミュージアムのかたちをさぐる企画である。
小さなブロックに分けられた会場では、これまでに開催された23の展覧会を「デザイン/アート/スピリットの系」「東北/祈り/ユーモアの系」「素材/技術/革新の系」「モノ/コト/仕組みの系」という四つの軸に分けて、それぞれの展覧会の展示品の一部や映像を用いて「要約」している。筆者はこれまですべての展覧会を見てきた訳ではないが、「セカンド・ネイチャー」(2008/10/17~2009/1/18)や「倉俣史朗とエットレ・ソットサス」(2011/2/2~7/18)、「テマヒマ展」(2012/4/27~8/26)など印象深い展覧会があったことが再確認できた。
展示室前のパネルには、これまで日本が海外に向けて発信した展覧会と、そこで用いられた日本デザインのキーワードが抽出されている。また、日本でデザインに関するコレクションを持っているミュージアム(5館)と、海外のデザインミュージアム(6館)がモニターのスライドショーで紹介されている。じつはデザインミュージアムを考えるうえで、本展の展示物ではこのふたつがもっとも重要なのではないだろうか。
2003年に三宅一生氏は「造ろうデザインミュージアム」というメッセージを朝日新聞に発表した(2003年1月28日、夕刊13頁)。三宅氏はこのメッセージで、デザインミュージアムの意義と、デザインアーカイブをつくることの重要性を訴えた。そしてこの記事をひとつのきっかけとして、六本木ミッドタウンに21_21 DESIGN SIGHTが開設された。ただし残念ながらここで開催されるのは企画展のみ。常設展の設置やアーカイブ機能を持つ施設にはならなかった。民間の施設であり、その永続性にも不安がある。それゆえ、21_21はあくまでも日本のデザイン専門ミュージアム創設への第一段階の施設といえよう。
デザインミュージアムの必要性を訴えてきたのは三宅一生氏らだけではない。日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)はすでに1993年から会員・企業のプロダクトを中心としたコレクションの収集を開始し、1997年には長野県信州新町に「JIDAデザインミュージアム」を開設している。その後、2006年にはデザイン8団体の連合体である「日本デザイン団体協議会(D-8)」が「D-8 ジャパンデザインミュージアム構想」を発表し、2010年に銀座・ミキモトホールでパイロット展覧会が開催された(2010/9/17~9/28) 。実務に携わるデザイナーばかりではなく、デザインジャーナリスト、デザイン研究者、デザイン史家のあいだでも議論がなされている。たとえば、2005年7月にはデザイン史学研究会の主催で「日本におけるデザインのミュージアム──現状と未来」と題するシンポジウムが開催されている 。また2007年にはデザイン学会の学会誌『デザイン学研究』誌上において「デザインとミュージアム」が特集され、海外の事例が紹介されるとともに、日本のデザインミュージアムに求められるものについて多様な側面から議論がなされている 。これまで「国立デザイン美術館をつくる会」のシンポジウムを聴いた限りでは、デザインミュージアムのありかたについて過去に行なわれてきた議論に触れられることがなかった。しかし、森山明子・武蔵野美術大学教授が企画に加わった今回の展覧会、そしてデザイナーや美術館関係者が参加した関連トーク企画によって、これまでバラバラに行なわれてきた議論がようやくひとつのかたちへの近づいてきたように思われる。[新川徳彦]
2014/01/11(土)(SYNK)
生誕130年「川瀬巴水 展──郷愁の日本風景」
会期:2013/11/26~2014/01/19
千葉市美術館[千葉県]
『日曜美術館』効果というか、スティーブ・ジョブズ効果というべきか、2013年12月15日にNHKの『日曜美術館』で千葉市美術館の展覧会が紹介されると「川瀬巴水」がインターネットの検索ワードの上位に登場。ツイッターでつぶやきく人も多数現われた。さらに驚いたのはアマゾンで川瀬巴水版画集の在庫が一時的になくなってしまったことである。展覧会の人気も放映直後の一時的なものに留まらず、年末年始には相当な混雑であったという。最終的に入場者数は約27,000人。そして、入場者の4人に1人が図録を購入し、会期終盤には売り切れて増刷となった。『日曜美術館』の冒頭では、アップル創業者のスティーブ・ジョブズが新版画、とくに川瀬巴水作品のコレクターであったことが紹介されていた。おそらくこのことが巴水を知らなかった人々の関心をも強く引きつけたにちがいない(ただし展覧会ではジョブズのことは触れられていない)。
生誕130年を記念したこの川瀬巴水展では、巴水版画の版元であった渡邊木版美術画舗の所蔵するコレクション約300点が展示された。展示は巴水が木版画家として出発した最初期の塩原を描いた作品(1918[大正7])から、絶筆となった《平泉金色堂》(1957[昭和32])までを、特に旅の版画家あるいは当時すでに失われつつあった風景の記録者としての側面からたどっている。さらに常設展では千葉市美術館が所蔵するフリッツ・カペラリ、伊東深水、チャールズ・バートレットらによる渡邊版新版画が特集されており、大正から昭和にかけて、版元の渡邊庄三郎が錦絵の復興に果たした役割を包括的に見ることができる充実した展覧会であった。
スティーブ・ジョブズは1983年、28歳のときに銀座の画廊で川瀬巴水や橋口五葉の版画を求め、その後も多数の作品を購入したという。そして1984年にアップルコンピュータがマッキントッシュを発表したとき、そのプロモーション写真のコンピュータ画面には、橋口五葉の版画《髪梳ける女》(1920[大正9])が写っていた 。ジョブスが新版画に惹かれた理由は推測するしかないが、明治に入って日本人のあいだで浮世絵の人気が衰え大量の作品が海外に流出していったこと、また、錦絵の復興を企図した渡邊庄三郎らの版画の顧客の大部分も欧米人であり、特に関東大震災以降はモチーフも色彩も海外の市場を強く意識した作品がつくられていたことを考えれば、アジア的な美意識に傾倒していた若きジョブズが新版画の世界に魅了されたことは不思議ではない。巴水の版画はリアルではあるが必ずしも現実ではない。昼間のスケッチが摺りによって夕景や夜景になったり、和服の人物が描き加えられたり、秋の風景が雪景色に変えられたりしている。近代的な都市もほとんど描かれない。ということは、現代の私たちが巴水の版画を鑑賞するとき、失われた風景に対するノスタルジーというよりも、欧米人たちが新版画に求めたものと同様、そこにある種のエキゾチシズムを感じているのではないだろうか。[新川徳彦]
2014/01/10(金)(SYNK)