artscapeレビュー
生誕130年「川瀬巴水 展──郷愁の日本風景」
2014年02月01日号
会期:2013/11/26~2014/01/19
千葉市美術館[千葉県]
『日曜美術館』効果というか、スティーブ・ジョブズ効果というべきか、2013年12月15日にNHKの『日曜美術館』で千葉市美術館の展覧会が紹介されると「川瀬巴水」がインターネットの検索ワードの上位に登場。ツイッターでつぶやきく人も多数現われた。さらに驚いたのはアマゾンで川瀬巴水版画集の在庫が一時的になくなってしまったことである。展覧会の人気も放映直後の一時的なものに留まらず、年末年始には相当な混雑であったという。最終的に入場者数は約27,000人。そして、入場者の4人に1人が図録を購入し、会期終盤には売り切れて増刷となった。『日曜美術館』の冒頭では、アップル創業者のスティーブ・ジョブズが新版画、とくに川瀬巴水作品のコレクターであったことが紹介されていた。おそらくこのことが巴水を知らなかった人々の関心をも強く引きつけたにちがいない(ただし展覧会ではジョブズのことは触れられていない)。
生誕130年を記念したこの川瀬巴水展では、巴水版画の版元であった渡邊木版美術画舗の所蔵するコレクション約300点が展示された。展示は巴水が木版画家として出発した最初期の塩原を描いた作品(1918[大正7])から、絶筆となった《平泉金色堂》(1957[昭和32])までを、特に旅の版画家あるいは当時すでに失われつつあった風景の記録者としての側面からたどっている。さらに常設展では千葉市美術館が所蔵するフリッツ・カペラリ、伊東深水、チャールズ・バートレットらによる渡邊版新版画が特集されており、大正から昭和にかけて、版元の渡邊庄三郎が錦絵の復興に果たした役割を包括的に見ることができる充実した展覧会であった。
スティーブ・ジョブズは1983年、28歳のときに銀座の画廊で川瀬巴水や橋口五葉の版画を求め、その後も多数の作品を購入したという。そして1984年にアップルコンピュータがマッキントッシュを発表したとき、そのプロモーション写真のコンピュータ画面には、橋口五葉の版画《髪梳ける女》(1920[大正9])が写っていた 。ジョブスが新版画に惹かれた理由は推測するしかないが、明治に入って日本人のあいだで浮世絵の人気が衰え大量の作品が海外に流出していったこと、また、錦絵の復興を企図した渡邊庄三郎らの版画の顧客の大部分も欧米人であり、特に関東大震災以降はモチーフも色彩も海外の市場を強く意識した作品がつくられていたことを考えれば、アジア的な美意識に傾倒していた若きジョブズが新版画の世界に魅了されたことは不思議ではない。巴水の版画はリアルではあるが必ずしも現実ではない。昼間のスケッチが摺りによって夕景や夜景になったり、和服の人物が描き加えられたり、秋の風景が雪景色に変えられたりしている。近代的な都市もほとんど描かれない。ということは、現代の私たちが巴水の版画を鑑賞するとき、失われた風景に対するノスタルジーというよりも、欧米人たちが新版画に求めたものと同様、そこにある種のエキゾチシズムを感じているのではないだろうか。[新川徳彦]
2014/01/10(金)(SYNK)