artscapeレビュー
オペラの舞台美術『浜辺のアインシュタイン』『ジュリオ・チェーザレ』
2022年11月01日号
[神奈川県、東京都]
2日続けて、約4時間のオペラを観劇した。
まず神奈川県民ホールの芸術総監督をつとめていた一柳慧が亡くなった翌日、日本では30年ぶりに上演された、ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス『浜辺のアインシュタイン』である。まずスティーブ・ライヒなど、器楽によるミニマル・ミュージックはいろいろ聴いてきたが、生の合唱や台詞が付いた同ジャンルをホールで鑑賞するのは初めてだった。数字のカウントは英語を用いていたが、意味をもつ単語や文章はあえて日本語訳に挑戦しており、おそらく原語でも感じるであろう不思議な言葉の分節と反復を母国語で味わうことができたのは興味深い。また平原慎太郎による演出・振付のダンスが水平の移動を繰り返し、反復する音楽との相性が良かった。そして建築家の木津潤平による、おそろしく横長に引き伸ばされた大階段状の空間デザイン上に、ばらばらの要素が美しく、非統合的に同時進行する。オペラといっても、物語の推進力でカタルシスに導く、通常の作品とは全然違う。寄せては返す波のように、断片的なイメージが次々に提出され、黙示録的な余韻を残す(実際、タイトルは核戦争後を描くSF小説『渚にて』からインスパイアされた)。ともあれ、凄いものを目撃した。
続いて、新国立劇場において、ヘンデルが作曲したバロック・オペラ『ジュリオ・チェーザレ』である。これも通常のオペラよりも歌詞のリフレインが多く、4時間半の長丁場だった。なお、チェーザレ、すなわちシーザーとその政敵の役は、かつてカストラートが担当していたり、高い音域であることから、女性が歌ったりしている。ローマ帝国の英雄やクレオパトラが登場する古代の物語だが、その背景で当時の建築を再現することはせず、ひねりが効いた空間デザインだった。2011年にパリのオペラ座で初演されたロラン・ペリー演出、シャンタル・トマの舞台美術によるもので、エジプトの博物館のバックヤードを設定し、現代と古代が交錯する。例えば、ポンペーオの首をチェーザレに差しだす場面は、巨大な彫像の頭が運搬されるという風に、いかにも博物館にありそうな古美術や展示ケースなどが効果的に使われていた。また大きな絵画を移動させながら、歌手の背景を変化させるなどの手法もダイナミックである。
ちなみに、宮本亞門が演出したワーグナーの『パルジファル』(東京文化会館、2022年7月)も、舞台を現代のミュージアム(美術や自然史系)とし、黙役の少年が中世の神聖祝典劇に紛れ込み、壁が回転しながら、展示室のめくるめく変化を楽しむものだった。演出の方法は類似していたが、『パルジファル』の美術がまさに小道具的だったのに対し、『ジュリオ・チェーザレ』に登場するいくつかのオブジェは、リアルにとんでもなく大きいために、なるほど古代エジプトのスケール感を想起させることに成功している。
ロバート・ウィルソン/フィリップ・グラス『浜辺のアインシュタイン』
会期:2022年10月8日(土)~10月9日(日)
会場:神奈川県民ホール 大ホール(横浜市中区山下町3-1)
『ジュリオ・チェーザレ』
会期: 2022年10月2日(日)、10月5日(水)、10月8日(土)、10月10日(月・祝)
会場:新国立劇場 オペラパレス(東京都渋谷区本町1-1-1)
鑑賞日: 『浜辺のアインシュタイン』は2022年10月9日(日)、『ジュリオ・チェーザレ』は2022年10月10日(月)
2022/10/10(月・祝)(五十嵐太郎)