artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト
渡邉英徳は、東京理科大学の小嶋一浩研究室で建築を学んだ後、リアルな世界の建築からヴァーチュアルな世界の建築へとフィールドを移した人物である。自らを仮想空間クリエイター/アーキテクトと呼ぶ。ゲーム制作会社フォトンを立ち上げ、現在は首都大学東京で教鞭もとる。彼のもっとも新しいプロジェクトが、《ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト》である。人口1万人のミニ国家、海抜が最高で5mであるためつねに国家存続の危機に立たされているツバルの住民の存在を、世界に伝えることが目的であり、主に、Google Earth上に展開されている1万人の国民への取材とGPS情報付きの写真情報、そしてPhotosynthを用いたインタラクティブコンテンツという三つのコンテンツで構成されている。ここでは現実空間の仮想空間上での視覚化が試みられているが、彼の活動領域は、Second Life上で空間を構築する、ネット技術を駆使した映像プロジェクトなど多彩である。直接話を聞いたところ、どこまでが活動領域であるのか明確に決められないということであったが、仮想世界での建築家を志した数少ない人物のひとりとして、今後の活動に注目したい。なお、ツバルのプロジェクトは文化庁メディア芸術祭「アート部門/Web」にて、審査委員会推薦作品に選出された。
作品設置URL:http://tv.mapping.jp/
2009/11/15(日)(松田達)
ULTra PRTシステム
将来の公共交通システムに、新しい可能性が現われた。イギリスのヒースロー空港ターミナル5にて、2010年から運用を予定している「URTra PRT SYSTEM」(PRT)である。4人乗りの個人型無人高速交通であり、丸みを帯びた「ポッド」と呼ばれる小さな車体に乗って、タッチパネルで目的地を選択すると移動を始める。従来の公共交通といえば大量輸送システムを前提としていたのに対し、PRTは個人を前提とした公共交通である点で画期的である(PRT=Personal Rapid Transit:個人高速交通)。ヒースローでは約3.5kmの距離を移動し、軌道上も軌道のない場所もセンサーで感知して走る。
開発を行っているAdvanced Transport Systems社は、ヒースロー空港のほかにもバース、カーディフ、コルビーなどでのシミュレーションを行なっており、一人当たり移動時間短縮、交通混雑解消、CO2削減などの利益が見込まれるほか、特にコルビーではLRT(Light Rail Transit: 軽量軌道交通)と比較して、PRTがさまざまな点で利点を持つという試算結果が出ている。LRTは特に近年フランスをはじめとして、日本でも都市再生の有効な手段として注目されてきただけに、それ以上の利点をもつ可能性があるPRTの存在は、都市の未来にとって無視できないであろう。
なお筆者は、東芝エレベータ株式会社(http://www.toshiba-elevator.co.jp/)と協働し、今村創平、田中元子、大西正紀各氏とともに、PRTを用いた熱海の都市プランを提案している。日本ではもっとも早いPRT導入提案ではないだろうか(少なくともネットではほかに確認できなかった)。LRTを導入できるほど人口が多くなく、また起伏が激しくタクシーに依存した交通状況をもつ熱海という街に対し、公共交通と個人交通の利点をもつPRTを導入し、開発型ではない形で、冷え切った観光産業とともに街を活性化しようという計画である。
写真:Advanced Transport Systems Ltd.
www.atsltd.co.uk
2009/11/01(日)(松田達)
安藤忠雄『建築家 安藤忠雄』
発行所:新潮社
発行日:2008年10月24日
安藤忠雄、初の自伝である。初というのが意外に感じられるのは、それだけ彼の生涯が知られているからだろう。ともあれ、本書は、いわゆる作品集の形式ではなく、個人の生きざまの物語を通じて、建築の思想が語られる。つまり、自伝だが、同時に建築のエッセンスがつまっている。安藤にとっては、それだけ生きることと建築をつくることが分ちがたくつながっているからだろう。生い立ちや旅のはなしは有名だが、まず興味深いのは、ゲリラ集団として位置づけられている事務所の組織論を冒頭で論じていることだ。仕事論としても読めるだろう。また自伝では、安藤の反骨精神が、1960年代の既成のものを否定するアヴァンギャルドと大阪人の気質に由来していることがうかがえる。
2009/10/31(土)(五十嵐太郎)
都市デザイン研究体『日本の広場』
発行所:彰国社
発行日:2009年5月
最近、広場研究をやっているのだが、ちょうどいいタイミングで今年復刻版が出たのが、『日本の広場』である。もともとは『建築文化』1971年8月号の特集を書籍化したものだ。やはり、1960年代の初頭に同誌に特集が組まれた「日本の都市空間」や「都市のデザイン」がのちに単行本になったのも一連のシリーズの続編であり、伊藤ていじが仕かけている。筆者が大学院生の頃、エディフィカーレの同人とともに『建築文化』に都市の特集を持ち込んだとき、実はこれらの事例がモデルだった。さて、『日本の広場』は、先行する二冊と同様、フィールドワークと事例収集を行ないつつ、さまざまなキーワードによって事象を整理している。しばしば日本に広場はないと言われるが、本書は神社や団地、街角や河原において日本的な広場のあり方を探っているのが興味深い。西欧が固定した広場の空間をもつのに対し、日本ではアクティビティや装置などによって生じるという。時代を感じさせるのは、デモや新宿西口広場のフォーク集会などが紹介されていること。なるほど、人々が路上を占拠した1960年代終わりの雰囲気が、本書を生みだした契機のひとつだったことは間違いないだろう。
2009/10/31(土)(五十嵐太郎)
伊東豊雄+藤本壮介+平田晃久+佐藤淳『20XXの建築原理へ』
発行所:INAX出版
発行日:2009年9月30日
伊東豊雄が3人の若手に架空のプロジェクトを依頼するドキュメント本である。選ばれたのは、好敵手の藤本壮介と平田晃久、そして佐藤淳。近代主義を乗りこえるための、伊東の問いかけから始まり、討議、ゲストを交えての研究会、プレゼンテーションを経て、それぞれの21世紀の造形が示される。1960年代のメタボリズムをほうふつさせるような前向きに未来の原理をつかみだそうとする姿勢が気持ちいい。社会の空気に萎縮し、妙に大人びた学生の案よりも、はるかに若々しい。そう、彼らは童心に帰って、建築を楽しんでいる。何をつくったかという最終形を知るだけなら、一冊の本をつくる必要はない。写真を中心にした冊子でも充分である。むしろ、創造というプロセスを四人が共有しながら、建築家として議論する言葉や思考の動きこそが、本書の最大の醍醐味である。ANY会議のような抽象的な議論とは違う、具体性のある刺激的なトークが展開されている。
2009/10/31(土)(五十嵐太郎)