artscapeレビュー
朱家角
2020年02月15日号
[中国、上海]
およそ30年前、初めて上海を旅行したときは、ぎゅうぎゅうの満員バスで市内を移動するしかなかった。しかし、その後、地下鉄のネットワークが飛躍的に発展し、上海近郊の水郷の街、朱家角までつながったことを受けて、出かけてみた。
江南地方にはこうした水濠が数多く存在するが、バスやツアーで行くことになるため、朱家角は抜群のアクセスである。それでも上海の中心部から50km弱あり、途中で電車が地上を走るとき、延々と巨大なマンション群や工場が続く壮絶な風景と遭遇する。さて、朱家角の駅で降りて、お店が並ぶ通りを15分ほど歩くと、いきなり観光船が行き交う水路に沿った、かわいらしい街並みが出現する。まっすぐな道はなく、曲がりくねった狭い道に面する小さな家屋には、おしゃれなお店も入っている。いわばヴェネツィアのように、ここでは生きたテーマパークのような街歩きを体験できる。様式建築の小さい郵便局《大清郵局》(1896)、屋根付きの木造の廊橋、五つのアーチが連なる石造の放生橋、現代建築風の《朱家角人文芸術館》など、建築や土木も楽しめる。
さらに進むと、1915年に完成した《朱家角課植園》は、小さな入口から想像できないほど、奥にさまざまなパビリオンが建つ庭園が広がっており、驚かされる。いわゆる蘇州のスタイルだが、デザインはそれほど洗練されていない。
とはいえ、朱家角の魅力は、街並みのスケール感だろう。これだけまとまったエリアが大きな開発を受けず、昔ながらの風情を残している。中国は開発を決めるのも早いが、逆に残るという意志を決めたら、確実に残せるはずだから、今後もずっと観光資源として保存されるだろう。同日、上海に戻ってから、黄浦江の夜景を楽しむ船に乗った。これまでなんども上海を訪れていたが、外灘にずらりと並ぶ、保存された近代建築群をこのように鑑賞したのは初めてである。もちろん、反対側の浦東の未来的な超高層ビル群や個性的な建築も同時に眺めることになる。イルミネーションも凄まじいが、東京の湾岸や横浜のみなとみらいの夜景よりも確実におもしろい。実際、上海では、多くの観光客が夜景クルーズを楽しんでおり、ツーリズムという点で成功している。
2020/01/01(水)(五十嵐太郎)