artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
青森の建築、アウトプット展#03、大・タイガー立石展──トラック、トラベル、トラップ、トランス
青森県立美術館[青森県]
青森では、《青森県立郷土館》(1972)(ただし、休館中につき、外観のみ)、蟻塚学が設計した新しい《青森港国際クルーズターミナル》(2019)(コロナ禍のため休止中)、フクシアンドフクシによる《青森市庁舎》(2017)(佐藤総合ほかと共同。当初10階建ての計画だったが、アウガの空いた場所も利用することで、3階建てに変更された)や駅前のスタートアップセンター《AOMORI STARTUP CENTER》などを見学しつつ、《青森県立美術館》(2006)も訪問した。
最初にコミュニティギャラリーの「アウトプット展#03」を何も知らずに鑑賞したら、大変素晴らしい内容だった。アール・ブリュットの企画であり、時期を踏まえると、東京2020パラリンピックの連携企画と思いきや、もともと3年毎の開催を継続しており、3回目のタイミングがたまたま揃ったのが実情だった。つまり、五輪の一年延期がなければ、ズレていたのである。ともあれ、県内の特別支援学校と福祉事業所だけで、これだけ豊かな作品が集まり、しかも大空間を見事に使いこなしていることに感心させられた。市民向けのギャラリーとしては、相当な天井高であり、ここで効果的に展示するのは、プロの作家でも簡単ではないだろう。
さて、同館では、学芸員の奥脇嵩大にヒアリングを行ない、当初から地域資料、すなわち縄文土器と現代美術を組み合わせる展示を企画していた同館の経緯をうかがう。そもそも三内丸山遺跡の存在が、この美術館の敷地決定に影響を与えている。
続いて、学芸員の工藤健志が担当した「大・タイガー立石展」を見る。やはり、《青森県立美術館》はユニークな空間をもつことから、他館と少し構成を変え、空間にあわせた展示を試みたという。特にドローイング系の作品は、強いホワイトキューブだと負けてしまうので、タタキの壁にかけるなどの配慮が行なわれた。青木淳が設計した美術館は、学芸員に対し、いかに使うのかを工夫させる展示空間と言えるかもしれない。ともあれ、「大・タイガー立石展」は、あまり知られていなかった立体を含む、膨大な作品群から、アートと漫画・建築・デザインとの接点が楽しめる。ゆえに、一般人にとっても間口が広いアートであり、建築にとっては、イタリアにおけるエットレ・ソットサスのもとでつくられた作品が興味深い。
アウトプット展#03
会期:2021年8月19日(木)~8月28日(土)
会場:青森県立美術館 コミュニティギャラリーABC
(青森県青森市安田字近野185)
主催:アウトプット展実行委員会
大・タイガー立石展──トラック、トラベル、トラップ、トランス
会期:2021年7月20日(火)~8月31日(火)
会場:青森県立美術館
2021/08/27(金)(五十嵐太郎)
ポコラート世界展 偶然と、必然と、
会期:2021/07/16~2021/09/05
3331の開館以来、障害者の芸術活動を支援してきたポコラート事業の10周年を記念する展覧会。これまで9回の全国公募を実施し、計11,490点が出展されたが、今回はこの国内公募を含む計22カ国からの50人による約240点が出品されている。ややこしいのは「障害者の芸術活動を支援」といいながら、作品は障害の有無を問わないこと。それだけでなく「美術」という枠組みさえ飛び越えていること。そういうと、ピンからキリまでなんでもありのグチャグチャな展覧会を想像するかもしれないが、見事なまでにアンビリーバボーな作品が揃っている。たまに障害のなさそうな人の作品もあるが、それらはよくできているけれど明らかにインパクトが違うし、比べようがないほど評価基準が異なっている。その意味では確かに「美術」の枠組みを超えている。
作品の半数くらいはこれまでにも「アール・ブリュット展」などで見たことがあるが、何度見ても呆れるほど感心してしまうところが現代美術との大きな違いかもしれない。誤解を恐れずにいえば「ホンモノ」なのだ。例えば、ポーランドのトマシュ・マフチンスキは時代、男女、年齢、職業を問わずさまざまな人物になりきってセルフポートレートを撮る。なんだ森村泰昌と同じじゃんと思われるかもしれないが、森村より20年も早くから撮り始め、すでに2万2千枚に達したという。1日1枚以上のペースだ。イギリスのカルロ・ケシシアンは、幻覚の延長でノートにびっしりと日記を書いている。異常なのはその密度で、A4サイズ1ページに1万字ほど詰め込み、12時間連続で書くこともある。問題はだれにも読めないこと。
中国の郭鳳怡(ゴウ・フォンイ)は大きな紙に霊媒による素描を即興で描いていく。制作中は本人もなにを描いているかわからないが、描いているうちに神が降臨するように、徐々に精霊の姿が立ち現われてくるという。黒田勝利は、他者から見れば解読不能なコマ割り漫画をカラーペンで描く。ユニークなのは、通常とは逆に結末からストーリーを遡っていくこと、そして、人が殺されるような破滅的なシーンも大笑いしながら描くことだ。古久保憲満はロール紙に道路、鉄道、ビル、遊園地、果てはお店の商品やレストランの料理まで細々と都市風景を描き、これまでに400点ほどになった。
ぼくらはいったい彼らの作品のどこに惹かれるのだろう。受けようとか、売ろうとかしない純粋無垢な無償の行為だからか。でもそれはわれわれがそう思っているだけで、見る者の自己満足かもしれない。だれにも真似できない(しようとも思わない)ユニークな表現だからか。確かに無駄としか思えない悶絶的な細密描写、強迫観念的な同じパターンの繰り返し、常人では考えられない色使いなどは驚異的だ。だが興味深いことに、こうしたユニークな表現は彼らが共通して持っている特性で、われわれから見ればユニークであっても、彼らからすれば「これしかできない」限定的な表現だったりするのだ。考えれば考えるほどわからなくなる。そこが魅力なんだな。
2021/08/22(日)(村田真)
ホワイトハウスと秋山佑太「スーパーヴィジョン」展
会期:2021/08/01~2021/09/05
WHITEHOUSE[東京都]
磯崎新の処女作《新宿ホワイトハウス》 (1957)にて、秋山佑太の「スーパーヴィジョン」展を鑑賞した。まず場所の説明から始めよう。これは磯崎と同郷だった美術家・吉村益信のアトリエであり、ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズの拠点になったことで伝説の家として知られる。が、現存するのか判明しない時期が長く、約20年前、美術批評家の椹木野衣らと住所の情報を片手に現地を訪れたことがあった。外観のみ見学したものの、本当に磯崎の設計なのか、と思うようなぼろぼろの二階建ての木造家屋だった。もっとも、その後、2013年に《新宿ホワイトハウス》は「カフェアリエ」として使われ、内部が見学できるようになる。室内は大きな白い壁が広がる吹き抜けが展開し、そのヴォリュームはちょうど三間の長さを一辺とするキューブを内包する。ローコストの作品だが、磯崎らしい幾何学的なデザインだろう。筆者は監修した「戦後日本住宅伝説」展(埼玉県立近代美術館を含む四館を巡回、2014-15年)において、《新宿ホワイトハウス》も紹介することにした。
「カフェアリエ」は下水道の老朽化のため、2019年3月に閉店し、どうなるかと心配していたが、幸い、今年からChim↑Pomによってアートスペースとしてリニューアルされた。設計はGROUPが担当し、外部に屋根や床も増築している。さて、美術家・建築家である秋山佑太の個展は、以下の通り。導入部は口の中でセメントを練ってフォルムをつくる映像から始まり、吹き抜けにはそのフォルムを形成する大量の3Dプリンターを並べ、二階は新宿の切られた街路樹とそのかたちの複製など、建設資材をめぐる生々しい身体とデジタルの造形の往復を提示していた。今回、別会場として歌舞伎町のデカメロンや公園の一部も使われ、オリンピック期間のささやかだが長く残る公共空間への介入、街路樹を座れる切り株ベンチに転用すること、墨出しコレオグラフィ、建物のコア抜きと石膏ボードの交換、テラスに石膏ボードを積み上げて国立競技場の建設現場を眺める映像など、アートから建築をぐらぐらと揺さぶる作品群が続く。いずれもささやかな行為かもしれないが、国家プロジェクトとして強行されたオリンピックに対し、個人の身体を通じた建築的な批評を試みている。そうした意味では、1960年代にアーティストが集った《新宿ホワイトハウス》の精神を継承したものと言えるだろう。
秋山佑太「スーパーヴィジョン」展
会期:2021/08/01〜2021/09/05
会場:WHITEHOUSE、デカメロンほか
公式サイト:https://7768697465686f757365.com/portfolio/wh010yutaakiyama/
2021/08/22(日)(五十嵐太郎)
CHIBA FOTO
千葉市美術館、千葉市中央コミュニティセンター ほか[千葉県]
「千葉市で初めて行われる芸術祭」として開催された「千の葉の芸術祭」の一環として、「写真芸術」に特化した「CHIBA FOTO」がスタートした。会場は千葉市中央区エリアと稲毛区エリアの2カ所に分かれ、あわせて13の会場で写真展が開催されている。出品作家は新井卓、宇佐美雅浩、金川晋吾、川内倫子、北井一夫、蔵真墨、佐藤信太郎、清水裕貴、楢橋朝子、本城直季、横湯久美、吉田志穂の12名、それに稲毛海岸の歴史を写真で辿る「海の記憶を伝える 稲毛アーカイブ展」(千葉市民ギャラリー・いなげ 2階)が加わった。
第1回目ということで、まだ手探り状態だが、中堅以上のすでに実績のある写真作家をフィーチャーして、クオリティの高い展示を実現しようとした意図はよく伝わってきた。千葉県在住、あるいは千葉県出身の宇佐美雅浩、川内倫子、北井一夫、佐藤信太郎、本城直季らは、それぞれ自分とかかわりの深いテーマで出品している。父親がJFEスチール(旧川崎製鉄)の千葉工場に勤めていた宇佐美雅浩が、同社社員の協力を得て制作した演出的な群像写真「宇佐美正夫 千葉 2021」(そごう千葉店9階 滝の広場)の展示など、そのコンセプトがしっかりと実現していて見応えがあった。
千葉と直接かかわりのないテーマで出品した作家の場合も、「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」の2階スペースで展示された横湯久美「時間 家の中で 家の外で」のように、高度な内容の作品がそれにふさわしい器を整えて展示されていた。会場デザインを統括したアートディレクター、おおうちおさむの能力の高さが充分に発揮されていたといえる。
課題として感じたのは、13の会場が広くちらばっているので、1日で全部回るのはかなりむずかしいということ。わかりにくい場所も多いので、どう回ればいいのかを細かく指示したマップが必要だろう。また、クオリティの高い作品だけが並ぶと、逆に均質な印象が生じてくる。いい意味での玉石混交というか、学生や若手の写真家たちのエネルギッシュな作品も交えるといいかもしれない。長く続いてほしい企画なので、来年以降に期待したい。
公式サイト:https://sennoha-art-fes.jp/chibafoto/
2021/08/22(日)(飯沢耕太郎)
会田誠「愛国が止まらない」
会期:2021/07/07~2021/08/28
ミヅマアートギャラリー[東京都]
作品は大きく分けて3つ。まず目に飛び込んでくるのは、天井から吊り下げられた巨大な日本兵のハリボテ。それを取り囲むように壁に並べられた40-50点におよぶ「梅干し」シリーズ。そして、別室の「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」。一見なんの脈絡もない、という以前になんのことやらわからない3作品だが、これらを結びつけるのが「愛国」だ。
ハリボテの日本兵は「MONUMENT FOR NOTHING」シリーズの5作目で、2年前に兵庫県立美術館の「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」で公開された大作。痩せこけた日本兵の亡霊が国会議事堂らしき建物のてっぺんに人差し指を置いている。第2次大戦で戦死した230万もの日本兵の大半は、軍の無策によって戦う前に餓死、病死、自殺など無駄死にしたという吉田裕著『日本軍兵士』(中公新書、2017)に触発されてつくったもの。ミケランジェロの天井画《アダムの創造》もピンポイント引用している。この兵士、どんな気持ちで議事堂に手を伸ばしているのだろう。
白地に赤い梅干しの絵は、もちろん日の丸を連想させる。そういえば1993年に銀座で「ザ・ギンブラート」展をやったとき、会田が路上で売っていた《方解末と辰砂》という小品を買ったことを思い出した。小さな桐箱に敷いた白い方解末の上に赤い辰砂の粒を載せた日の丸弁当仕立ての絵画で、内容も形式も100パーセント日本画という代物。いまやわが家の家宝だが、「梅干し」シリーズもその延長線上にある。だがそれだけでなく、高橋由一の《豆腐》も念頭に置いて制作したという。《豆腐》はまな板の上に豆腐、焼き豆腐、油揚げを無造作に置いただけの貧乏くさい油絵だが、その貧乏くささが日本の近代美術の出発を象徴しており、梅干しと通じるところがある。もうひとつ指摘すれば、梅干しの描き方が日本独自の受験絵画の筆づかいであること。もともと会田の描画技法は受験絵画の延長といえるが、ここでは特にそれを強調しているように見える。
「北東アジア漬物選手権の日本代表にして最下位となった糠漬けからの抗議文」は昨年、中国、韓国、北朝鮮、日本の4カ国のアーティストが参加するグループ展のために制作したが、コロナ禍のため延期となり、ここに出品することになったという。正面には漬物選手権の表彰台の写真が掲げられ、中央の1位の座にキムチ(韓国・北朝鮮)が鎮座し、2位にザーサイ(中国)、3位に糠漬け(日本)が収まっている。その手前のパネルにはハングル、中国語、日本語によるコメントが載っているが、日本語のコメントは最下位に沈んだ糠漬けの言い訳と抗議に終始していて見苦しい。
これらの作品が、ストレートではないものの愛国心に満ちていることは間違いない。なにしろ日本は会田にとって尽きせぬネタの源泉なのだから、愛さずにはいられないはず。そういえば、タイトルの「愛国が止まらない」はWinkの「愛が止まらない」に由来すると思われるが、Winkのひとりも「あいだ」じゃなかったっけ。
2021/08/21(土)(村田真)