artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

The Still Point─まわる世界の静止点

会期:2021/08/06~2021/09/05

kudan house[東京都]

靖国神社からほど近い場所に建つ九段ハウス(kudan house)は、「旧山口萬吉邸をリノベーションした会員制のビジネスイノベーション拠点」。リノベとイノベが韻を踏んでるね。1927年に竣工して1世紀近い歴史を誇るこの登録有形文化財で現代美術展を開こうということだ。主催はアートのある暮らしを提案するCCCアートラボ、キュレーションは銀座蔦屋のギャラリーTHE CLUBのマネージングディレクターを務める山下有佳子氏。タイトルの「The Still Point」はエリオットの詩から引いたもので、コロナ禍で停止してしまったかのような「時間」について考えようということらしい。内外20人ほどの作品が地下も含めた3フロアに点在している。

まず1階には、ルチオ・フォンタナやサム・フランシスら巨匠の絵画が展示されているが、作品はともかく、こんな立派なお屋敷でお披露目するというのに、ただ壁にかけるだけではもったいないでしょ。階段下にはダニエル・ビュレンのストライプ絵画が立てかけてあったが、こういう展示のほうが目を引く(紅白のストライプ自体も目を引くが)。2階は名和晃平、菅木志雄らの立体が1部屋ごとに置かれているが、ここも展示に芸がない。趣向の異なる0号のキャンバスを5点並べた猪瀬直哉の絵画は、作品として唯一おもしろいと思った。地下には河原温の絵葉書、杉本博司の「劇場」シリーズ、宮島達男の鏡の数字などが展示されていて、そういえば「時間」をテーマにした展覧会であることを思い出した。まあテーマなんてどうでもいいけど。



ダニエル・ビュレンのストライプ絵画[筆者撮影]


繰り返せば、せっかく登録有形文化財の貴重な建物を借りているのに、壁に絵をかけたり床に彫刻を置いたりするだけではギャラリーと変わらない。おそらく歴史的建造物だけに「あれしちゃダメ、これしちゃダメ」と制約が多いのだろうけど、どうせやるならこの空間でしか実現できないような思い切ったインスタレーションを見せてほしかった。と思って配布されたマップをもういちど見たら、「一部を除き、作品は全て販売しております」と書いてある。あ、売り物なのね。展覧会場というよりショウルームと捉えるべきか。それなら納得。

庭に出ると、建築の焼け跡みたいな黒焦げの木材による構造物が建っている。これは「パビリオン・トウキョウ2021」の出品作品のひとつ、石上純也の《木陰雲》だ。関東大震災後に建てられ、第2次大戦の戦火をくぐり抜けてきた九段ハウスの庭に、焼け焦げて骨組みしか残らなかったみたいな建造物を建てるとは、なんと大胆な発想か。こちらは屋外だけに、まさにこの場所ならではのサイトスペシフィックなインスタレーションが実現できている。でもよく見ると、庭に直接柱を立てず、石を積んだ上に立てたり、屋根の部分もできるだけ樹木に触れないように木材を組むなど、涙ぐましい努力の跡がうかがえる。どちらもオリンピック・パラリンピックの会期に合わせた展覧会だが、オリパラが終わってからもこういう企画は続けてほしい。



石上純也《木陰雲》[筆者撮影]


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パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(前編)|村田真:artscapeレビュー(2021年09月01日号)

パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(後編)|村田真:artscapeレビュー(2021年09月01日号)

2021/08/21(土)(村田真)

川内倫子『Des oiseaux』

発行所:HeHe

発行日:2021/06/27

元田敬三の『渚橋からグッドモーニング』(ふげん社、2021)もそうなのだが、新型コロナウィルス感染症拡大による緊急事態宣言は、写真家の意識に大きな変化をもたらしたようだ。川内倫子が2020年4月から6月にかけて撮影したのは、千葉の自宅付近で見つけたツバメの巣である。口を開けて餌を待つ雛鳥たちが、次第に大きくなり、もうすぐ巣立ちというところまで成長していく。その間に、季節の変化を示す身辺の風景が挟み込まれている。

川内がツバメたちにカメラを向けたのは、日本中が死の影に覆い尽くされていたこの時期だからこそ、逆に「いのち」が大きくふくらんでいく様子に心惹かれたからだろう。ツバメの営巣は、毎年の見慣れた眺めだが、とりわけ2020年から2021年のコロナ禍の時期においては、特別な意味をもって目に飛び込んできたのではないだろうか。川内はつねに生と死の狭間に鋭敏な意識を持ち続けてきた写真家だが、この時期にはそれが特に研ぎ澄まされていたように感じる。

とはいえ、写真からはそんな切迫感はほとんど感じられない。せっせと餌を運ぶ親鳥も、それを待ち望む雛鳥たちも、「いのち」そのものを体現した姿で、柔らかな光に包み込まれて写っている。川内の仕事としては、メインのものとは言えないかもしれないが、「Des oiseaux(On birds)」というタイトルを含めて、とてもよく考えられ、しっかりとまとめ上げられた写真集だ。なお、本書はフランスのEditions Xavier Barralから刊行された写真集の日本語版である。

2021/08/18(水)(飯沢耕太郎)

元田敬三『渚橋からグッドモーニング』

発行所:ふげん社

発行日:2021/08/18

元田敬三は、強い存在感を発する人物に路上で声をかけ、正対して撮影する写真を中心に発表してきた。だが、次第に自分の写真のあり方に疑問をもつようになり、2017年から日付を入れる機能がついたコンパクトカメラにカラー・ポジフィルムを詰め、身の回りの出来事にカメラを向けるようになる。日常の光景をスライドショーの形で発表するトヨダヒトシの仕事を知り、共感とリスペクトを覚えたということもあったようだ。

その「写真日記」のシリーズは、2020年6月にコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春~写真家が切り取る緊急事態宣言下の日本~」展に出品され、同年9月~10月の同ギャラリーでの個展を経て、小ぶりだが厚みのある写真集にまとまった。

写真集には、2018年7月から2021年5月にかけて撮影した365枚の写真がおさめられている。ページをめくっていくと、2020年4月から5月の新型コロナウィルス感染症拡大にともなう緊急事態宣言期間を挟んで、写真の質が微妙に変わっていることに気がつく。行動範囲が狭まり、神奈川県逗子の自宅近辺の「空と海」に目を向けることが多くなってくる。タイトルの「渚橋」というのは、早朝のアルバイトに出かける時に必ず通る桟橋の近くの、富士山を望む橋のことだ。一緒に過ごす家族にカメラを向ける機会も増えた。その間に、母親の入院と死という大きな出来事もあった。

淡々と気負いなく綴られた「写真日記」だが、どの写真を選び、どう組み合わせるのかは、緊密にプランニングされている。結果として、何事もなく過ぎていくように見える日々の断片が、特別な輝きを帯びて目に飛び込んできた。一見地味な仕事だが、このような作業をベースにすることで、写真家としてのさらなる飛躍を期待できるのではないだろうか。

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元田敬三「渚橋からグッドモーニング」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年10月01日号)

2021/08/18(水)(飯沢耕太郎)

パビリオン・トウキョウ2021、水の波紋展2021 消えゆく風景から ─ 新たなランドスケープ(後編)

[東京都]

先日見逃したキラー通り(外苑西通り)沿いの作品を見る。ワタリウム美術館にも何人か展示しているが、館内作品は省略。美術館の先のビルの裏に広がる空き地を舞台に、SAIDE COREが《地球 神宮前 空き地》(2021)と題して7組のアーティストをフィーチャーしている。空き地に柵を設けて導線をつくり、その先に駐車場の「Times」の黄色い看板を10枚ほど展示したり、スケボー用のスケートパークを設置したり。その脇には打ち捨てられた数台のキャリーケースのふた半分が切り取られ、なかに空き地の雑草が移植されている。さらにその奥にはバリー・マッギーが落書きした小屋があり、見上げるとビルの屋上の看板に描かれたマッギーのグラフィティが目に入るという趣向だ。その空き地の一角に、何台もの監視カメラを取り付けた小屋が建っているのだが、周囲をブルーシートで囲われて立ち入り禁止になっている。あれはなんなの? そんなナゾも含めて、この空き地が「水の波紋」のなかでいちばん「波紋」を呼んだ作品だ。



SIDE CORE《地球 神宮前 空き地》[筆者撮影]



バリー・マッギー《無題》(2019)[筆者撮影]


さらに進むと、新国立競技場の手前の空き地に野菜を植えたファブリス・イベールの《たねを育てる》(2008)がある。「アートで街を野菜畑にする」というプロジェクトで、江戸野菜を育てているそうだ(「水の波紋展2021」)。その先に建つのは、「パビリオン・トウキョウ」の藤森照信の《茶室「五庵」》(2021)。芝に覆われた台形の基壇の上に、見晴らし台のような茶室を載せたつくり。予約しなかったので入らなかったが、イベールの畑ともども都会のど真ん中にこんな田舎の時空が出現するのは悪くない。



藤森照信《茶室「五庵」》[筆者撮影]


思えば、最初の「水の波紋95」が開かれたのは、バブル崩壊後とはいえ、まだ日本経済に勢いのあった時代。ところがその後、経済的には停滞しているのに、2度目のオリンピックもあって東京は再開発に沸き、このへんの風景もだいぶ変わったし、また現在も変わりつつある。今回の「水の波紋」はそんな変わりつつある都市の隙間を見つけ、うまく作品を潜り込ませることができたと思う。その点では、建築家が主体となって訪日客に日本文化を紹介しようとした「パビリオン・トウキョウ」より刺激的だった(もっとも「パビリオン・トウキョウ」の企画もワタリウム美術館だが)。もうこうなったら、「水の波紋」は4半世紀に一度、「パビリオン・トウキョウ」は次の東京オリンピックが開かれる半世紀後(?)くらいに、また開いてみたらどうだろう。25年と50年に一度の芸術祭。そうすれば、都市の変化と同時にアートの移り変わりも浮き彫りにされるはずだ。

パビリオン・トウキョウ2021

会期:2021/07/01〜2021/09/05
会場:新国立競技場周辺エリアを中心に東京都内各所
ビクタースタジオ前/明治神宮外苑 いちょう並木入口/国際連合大学前/旧こどもの城前/渋谷区役所 第二美竹分庁舎/代々木公園 パノラマ広場付近/kudan house庭園/浜離宮恩賜庭園 延遼館跡/高輪ゲートウェイ駅 改札内
公式サイト:https://paviliontokyo.jp/

水の波紋展2021 消えゆく風景から — 新たなランドスケープ

会期:2021/08/02〜2021/09/05
会場:東京・青山周辺 27箇所(岡本太郎記念館、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
公式サイト:http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/

2021/08/18(水)(村田真)

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コウノジュンイチ写真展「遠ざかる風景」

会期:2021/08/09~2021/08/22

ギャラリー蒼穹舎[東京都]

コウノジュンイチがギャラリー蒼穹舎で発表し続けている写真の世界は、このところほとんど変わりがない。2015年に写真集『ある日』(蒼穹舎)を刊行してからも、一定の撮り方、見せ方にこだわり続けている。8月9日~15日、16日~22日の2部構成で展示された本展でも、旅の途上と思しき光景を、やや距離を置いて撮影し、赤錆のような色調に焼き付けたプリントが並んでいた。道を行く人、路傍の猫、寂れたたばこ屋、公園のベンチの後ろ姿の人物、金魚のクローズアップなど、既視感を感じさせる眺めを丁寧に拾い集めている。まさに「遠ざかる風景」というタイトルそのものの写真群である。

見方によっては、変わりばえのしない、後ろ向きの写真の集積といえるが、展示を見ているうちに、その私小説的な味わいが、じわじわと心に食い込んでくるように感じた。ここから何かが生まれてくるかといえば、あまり期待はできないだろう。だが、その赤錆色の眺めは、意外に長く記憶に残っていきそうな気がする。これもまた、日本の写真家たちが長年にわたって積み重ねてきた、日記や随筆のような写真行為、写真表現のあり方のひとつの到達点といえるかもしれない。そう考えると、コウノの写真のたたずまいは、日記的な文章と相性がよさそうにも思える。写真とテキストを組み合わせた展示も考えられるのではないだろうか。

2021/08/16(月)(飯沢耕太郎)