artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

下瀬信雄「結界VII」

会期:2011/06/22~2011/07/05

銀座ニコンサロン[東京都]

「構想から20年、個展では7回目」という下瀬信雄の「結界」シリーズ。彼の撮影のテリトリーである山口県萩市周辺の野山の植物に、4×5インチの大判カメラを向け、しっかりと丹念に写しとっている。一見地味だが、じっくりと見ていると実に味わい深い作品であることがわかる。
「結界」とは聖と俗の領域を分ける場所という仏教の用語だが、下瀬の解釈によれば「私たち人類が発明した『空間領域の境界』を表す言葉」ということになる。たしかに足元の大地に目を向けると、そこに見えない境界線が走っているように感じることがある。自然、とりわけ植物たちが「超えてはならない」と呼びかけているようでもある。下瀬のカメラは、その微かな気配を鋭敏に感じとり、緻密で端正なモノクロームのイメージに置き換えていく。オオバコの葉の上に架かった蜘蛛の巣にびっしりとついた水滴、草むらを優美にうねりながら進む蛇、それら生きものたちの小宇宙が、人間ではなく自然の摂理をリスペクトする眼差しによって、鮮やかに浮かび上がってくるのだ。「結界」とは別な見方をすれば、生と死の世界を分かつ境界線なのではないかとも感じた。
このシリーズはニコンサロンで既に7回にわたって発表され、2005年には伊奈信男賞も受賞している。だが、日本人の自然観の根源を問い直すようなその重要性は、まだきちんと評価されていないのではないだろうか。そろそろ写真集のような形にまとめていく時期にきているのではないかとも思う。なお、本展は7月21日~27日に大阪ニコンサロンに巡回される。

2011/06/30(木)(飯沢耕太郎)

松本央:Beast Attack !

会期:2011/06/01~2011/07/08

BAMI gallery[京都府]

一貫して自画像を描いてきた松本央。前回の個展を見逃してしまったのを今更悔やんだが、この間、彼にどんな変化があったのだろうか。今展での松本の自画像には、「人間の野獣化」という資本主義や市場原理主義の経済システムにおける社会と個人の生活をテーマにしたこれまでにない強いメッセージが表わされていた。ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》のパロディ《最初の晩餐》をはじめ、誰もが知るファストフードが並ぶテーブルを前にした《The Ultimate Meal》、フライドポテトやジュースの容器をそこらじゅうに散らかして路上にしゃがみ込む《Encounter》など、わかりやす過ぎるほどベタなイメージの皮肉だが、それらの自画像の表情はどれも強烈で不気味だ。描き続けていればテクニックが上達するのは当然なのかもしれないが今回はそこに貫禄も感じた。これからも楽しみな作家だ。

会場風景

2011/06/29(水)(酒井千穂)

鈴木理恵 展

会期:2011/06/21~2011/06/26

アートスペース虹[京都府]

ギャラリーのガラス戸を開けると左右の壁面に2枚ずつ、白一色だけの画面の作品がかかっていた。タイトル表を見ると《シーチングの上にボローニャ石膏》《シーチングの上に二水石膏》《麻布の上に二水石膏》《麻布の上にボローニャ石膏》とある。絵画に携わる人や知識のある人ならすぐにわかるのだろうが、これらは伝統的な技法を用いたいわゆる“下地”だった。石膏を幾重にも塗り研磨しているため、画面の表面はどれもつやつやしているのだが、それぞれの質感や特徴の違いはよくわかる。また、ギャラリーに射し込む光の状態や見る角度によって、白い色が微妙に変化して見えるのが美しい。この展示を作品と言っていいのかわからないが、初めて見た私にはそれらが神秘的にも思われて、新鮮な感動があった。

2011/06/26(日)(酒井千穂)

福村真美 展

会期:2011/06/21~2011/07/03

ギャラリーモーニング[京都府]

福村真美の新作展。断片的な記憶が呼び覚まされるような、既視感のある日常の風景や水辺の光景を描いた以前の作品が印象的だったが、今展には一部、夢の世界のような幻想的な光景を描いた作品や、明らかに日本ではない森や砂浜の風景を描いたものがあった。聞くと海外の雑誌の掲載写真を元に描いたのだという。色や構図のせいもあるのか、過去の作品と比べるとそれらは福村の個性や世界観を示すようなインパクトには欠ける気がしたが、いつも制作への新しい挑戦がうかがえる彼女の個展自体がおもしろい。次回の展開が楽しみだ。

2011/06/26(日)(酒井千穂)

パウル・クレー展/「路上──On the Road」展

東京国立近代美術館[東京都]

会期:2011/05/31~2011/07/31(パウル・クレー展)/2011/05/17~2011/07/31(「路上──On the Road」展)
油彩転写、回転、切断、再構成、両面など、カテゴリーごとに、作品制作の方法論を示す展示のスタイルは、レンゾ・ピアノの設計による、ベルンのパウル・クレー・センターで見た常設を踏襲したものか(実際、多くの作品がここから貸し出されている)。クレーにとっての部分と全体の関係は、通常の画家とかなり異なることがうかがえて興味深い。西澤徹夫建築事務所による会場デザインもおもしろかったが、来場者が多過ぎて、ゆっくり空間を体験できなかったのは残念だった。
常設の特集展示「路上──On the Road」は、ともにNYの交差点を撮影した宮本隆司《the crossing》や奈良原一高《ブロードウェイ》など、都市観察や表象の手法がいろいろと並んでいた。ルシェーの『サンセット・ストリップ沿いのすべての建物』や木村荘八の『アルバム・銀座八丁』の超横長の連続写真を意識した冊子が前衛的だった。

2011/06/26(日)(五十嵐太郎)

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