artscapeレビュー

吉村芳生 展──とがった鉛筆で日々をうつしつづける私

2011年01月15日号

会期:2010/10/27~2010/12/12

山口県立美術館[山口県]

吉村芳生が大勝利を収めた。彼が現在制作の拠点としている山口県で催した大規模な個展は、70年代より継続しているこれまでの制作活動を振り返ると同時に、最新作によってこれからの展望も予感させる、すぐれて充実した展観だった。「六本木クロッシング2007」で大きな衝撃を与えたように、吉村芳生といえば、フェンスの網の目や自分の顔、新聞紙など、自分の眼に映る、きわめて凡庸な日常を、鉛筆や色鉛筆など、これまた凡庸な画材によって、ただ忠実に描き写す作風で知られているが、今回の個展では、その愚直な写生画の数々が披露されたのはもちろん、最新作ではその方向性が以前にも増して極限化していた。河原の草花を描いた《未知なる世界からの視点》は、横幅が10メートルにも及ぶ大作。草の緑と花の黄色が鮮やかな対比を構成しているが、川面に映るその光景も描き出しているので、上下で分けられたシンメトリックな構図が実像と虚像の関係を強調していた。ただし、注意深く見てみると、川面に見えたのは実像で、実像に見えたのは虚像であることに気づかされる。つまり吉村はこの作品を上下を反転させて展示していたのだった。吉村が、そして私たちが見ているのは、実像なのか、それともその反映にすぎない虚像なのか。そもそも双方はどのように峻別できるのか、実像が虚像でない根拠はどこにあるのか、すなわち私たちは何を見ているのか。吉村芳生の視線は、事物を眼に見えるままに描き出す写生画の方法論を踏襲しながらも、それよりもはるかに深いところに到達している。それを大勝利と呼ばずして、何と呼ぶというのか。

2010/12/11(土)(福住廉)

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