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谷澤紗和子「矯(た)めを解(ほぐ)す」

2024年01月15日号

会期:2023/12/02~2023/12/23

studio J[大阪府]

女性やさまざまなマイノリティが声を上げることに対する抑圧を、どう可視化することができるか。専門技術を必要とせず、女性の家庭内の手仕事・手芸として周縁化されてきた「切り紙」を媒介に、国や時代をこえた連帯をどう示すことができるか。フェミニズム的視点から「切り紙」の可能性を拡張している谷澤紗和子の本展は、シンプルながらも吟味された技法と素材で、こうした問いに向き合うものだった。

めをほぐす」という個展タイトルには、「日常生活や教育における矯正を解すための演習」という意味が込められている。くしゃくしゃに押し潰された紙に、「NO」「うばうな」「くそやろう」「ASSHOLE」という抵抗や罵倒の言葉が、複雑に絡み合う線で切り抜かれた作品が並ぶ。性差別に声を上げること自体への抑圧、「女性は汚い言葉を使ってはいけない」といったジェンダー規範、「マジョリティに常に配慮し、マジョリティが期待するマイノリティ像として“受け入れて”もらわねばならない」といった抑圧からやっと解放されて出てきた言葉たち。複雑に絡み合い、時に読み取りがたい線は、絡み合う複数の声の可視化であると同時に、当事者自身が内面化し、容易には解きほぐしがたい抑圧の複雑さのメタファーでもある。くしゃくしゃになった紙もまた、文字通り押し潰そうとする力がそこに作用していることを示唆する。素材が「梱包紙」であることも、「なにかを覆って包み隠す」抑圧的な行為を示す。また、作品の額縁には解体された家屋の廃材が用いられ、「古い家制度や価値観の解体」を示すと同時に、いまだに残存する無意識のフレームに閉じ込められているようにも見え、両義的だ。

谷澤がこれまでも取り組む文字のシリーズに加え、本展では、二次元の平面性と三次元的な立体性を併せ持つ紙の技法として、「折り紙」を用いた試みが加わった。折り紙で折られたショベルカーに、殴り書きのような線が絡みつく。「ショベルカー」というモチーフは、谷澤自身の子どもの興味に由来するというが、ショベルカー自体、なにかを踏み潰す抑圧のメタファーでもあり、「家の解体」とも結びつく。そして、抑圧の象徴としてのショベルカー自体も押し潰され、梱包を解くように線がほどける。殴り書きのような、明確に「文字」の形を取らない線は、抑圧から解放されつつも、いまだ声にならない声の表象のように見える。



[© studio J]



谷澤紗和子《NO #3》[© studio J]



谷澤紗和子《矯(た)めを解(ほぐ)す #4》[© studio J]


一方、白一色の切り紙で表現された《お喋りの効能》は、谷澤自身を含め、切り紙を手がけた女性作家を同一平面上で出会わせ、国や時代をこえた連帯の意思を示す。画面左側のくしゃくしゃの塊(谷澤自身の自画像)が、精神を病んだ晩年に「紙絵」作品を手がけた高村智恵子の半身像と向き合う。二人の間には、智恵子の作品を引用した画中画がある。もう1点の画中画は、18世紀後半のイギリスで、70歳を過ぎてから精巧な紙細工の花を制作したメアリー・ディレイニーの作品の引用だ。彼女たちの会する空間は、20世紀後半の中国の農村で、伝統的な切り紙細工の剪紙(せんし)を発展させ、独自の神話的世界を表現した庫淑蘭(クー・シューラン)を参照した図案で囲まれている。「切り紙」を媒介に、国も時代も隔たった相手と出会うことで、がんじがらめになっていた抑圧の縄がほどけて「声」となって流れ出す──。サイズ自体は大きくはないが、そうしたストーリーの展開と、今後の発展の予感を感じさせる作品だった。



谷澤紗和子《お喋りの効能》[© studio J]


studio J 谷澤紗和子「めをほぐす」:https://studio-j.ciao.jp/?p=889

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