artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
「山の日制定記念 遙かなる山─発見された風景美」
会期:2016/07/16~2016/09/04
松本市美術館[長野県]
自然写真の公募展である第5回田淵行男賞の表彰式のため、長野県松本市に行っていたので、松本市美術館の展示を見ることができた。松本市出身の草間彌生の常設展はむろん圧巻だったのだが、同時開催されていた企画展「遙かなる山 発見された風景美」もよく練り上げられたいい展覧会である(2016年5月26日~7月3日には山口県立美術館で開催)。国民の祝日として今年からスタートした「山の日」の制定記念として開催された同展には、大下藤次郎や丸山晩霞の水彩画をはじめとして、明治以降に山を描いた洋画、日本画、版画等の名作、約120点が並んでいた。
こうしてみると、山が単なる風景画のモチーフというだけではなく、画家たちの精神を強く揺さぶる異様なほどの力を発揮し続けてきたことがよくわかる。それは非日常的な“異界”であり、時には妖しい幻影を呼び起こすこともある。今回の展示ではむしろ異色作といえる石井鶴三の「やまのおばけ」(1916頃)の連作や、古賀春江の《夏山》(1927)が、むしろ強く心に残るのはそのためだろう。戦前の登山やスキーの様子を捉えた菊池華秋の《雪晴》(1938)や榎本千花俊の鉄道省観光ポスター《滑れ銀嶺 歓喜を乗せて》(1938)の、「風俗としての山」という新たな視点もなかなか興味深かった。
ただ、写真作品がまったく展示されていなかったことは残念だった。田淵行男の仕事はいうまでもないが、戦前の穂苅三寿雄や冠松次郎、戦後の白籏史朗や水越武の山岳写真は、絵画とは異なる「風景美」を定着してきたと思うからだ。版画やポスターにも目配りをしているのだから、写真作品をきちんと取り上げれば、より視野の広い、充実した展示になったのではないだろうか。
2016/08/12(飯沢耕太郎)
あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
会期:2016/08/11~2016/10/23
愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、名古屋・豊橋・岡崎のまちなか[愛知県]
3回目を迎えた「あいちトリエンナーレ」。芸術監督の港千尋が掲げたテーマは「虹のキャラヴァンサライ」だ。キャラバンサライはペルシャ語で「隊商宿」を意味する。虹は「多様性」の言い換えであろう。つまり、世界各国の多様な文化的・地理的・宗教的背景を持つアーティスト(虹)が旅をして愛知県(キャラヴァンサライ)に集い、新たな創造の芽が育まれる、と解釈できる。美しいがややドリーミーではではないか。取材前はそう感じていた。しかし、名古屋、豊橋、岡崎での展示を見るうち、このテーマが現在の不穏な国際情勢(テロ、紛争、難民問題、不寛容など)を反映した切実なメッセージだということに気付いた。一見ドリーミーを装って、じつはきわめて硬派な国際芸術祭。それが「あいちトリエンナーレ2016」なのである。3エリアを比較すると、規模の大きさでは圧倒的に名古屋だが、もっともテーマを体現していたのは豊橋だったと思う。岡崎も、石原邸と岡崎シビコは見応えがあった。名古屋だけを見て帰るつもりの人には、ぜひ豊橋と岡崎にも足を運びなさいと申し上げたい。また名古屋の名古屋市美術館の展示は収まりが良すぎて、おとなしい印象を与えた。国際芸術祭なのだから、もっとはっちゃけても良かったと思う。
2016/08/11(木)・2016/08/17(水)(小吹隆文)
あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
会期:2016/08/11~2016/10/23
穂の国とよはし芸術劇場PLAT[愛知県]
豊橋会場は、芸術劇場に設置された大巻伸嗣さんのデカイつぼが目玉だろう。そのほか、水路上に建設され、えんえんと800m続く水上ビルのあちこちの空店舗に作品が挿入される。鳥が100羽いるラウラ・リマの空間、マルティネスのセメント袋でつくった雑誌、クルングレヴィチュスの音とテキストなどが強烈である。あいちトリエンナーレ2016は、三都市に会場が拡大し、8つのミニ企画展と言うべきコラム・プロジェクトの新設などによって、作家数も増えている。最低でも一泊を覚悟しないと、ちゃんと全体をまわることはできないだろう。豊田市美術館の杉戸洋展など、同時開催のさまざまな美術展も見逃せない。
写真:左=上から、大巻伸嗣、マルティネス 右=上から、ラウラ・リマ、水上ビル
2016/08/11(木)(五十嵐太郎)
あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
会期:2016/08/11~2016/10/23
名鉄東岡崎駅ビル、岡崎シビコほか[愛知県]
2日目は岡崎と豊橋の会場をまわる。あいちトリエンナーレは2回目に二都市に増えただけでも大変だったので(その分の予算増もなく)、今回の三都市開催はおそらくかなり大変だったはず。すぐに解体されるかと思っていた駅の岡ビルはまだ残っていた。前回注目を集めた百貨店のシビコは、空きフロアにテナントが入り、展示できるスペースは減ったが、ほかに表屋のモダニズム建築や、有形文化財の石原邸の空間に介入する作品群が新しい魅力となった。
写真:上=岡崎シビコ会場 中=《表屋》 下=《石原邸》
2016/08/11(木)(五十嵐太郎)
あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
会期:2016/08/11~2016/10/23
3回目のあいちトリエンナーレ、今年は芸術監督に港千尋を迎え、「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」をテーマに、名古屋だけでなく岡崎、豊橋でも開催。ぼくは日帰りのため名古屋しか見ていない。テーマの「キャラヴァンサライ」とは旅の家、隊商宿のこと。芸術とは未知への旅のことだから、さまざまな国から人々が集まる芸術祭をキャラヴァンサライと位置づけ、さらなる旅の英気を養おうではないか、ということらしい。テーマというより意気込みですね。
まずは名古屋市美術館から。沖縄の建物の壁に残る砲撃跡をフロッタージュした岡部昌生の作品をすぎると、ジョヴァンニ・アンセルモ、小杉武久といった懐かしいアーティストの名前も。地下のライ・ヅーシャンは、ほぼ正方形の展示室の床にゴミや道具類を散りばめ、壁を一周できるように高さ1メートルほどの狭い通路を設置。高みの見物ともいえるし、観客と展示物の立場を逆転させたともいえる。美術館近くのケンジタキギャラリーでやってる「イケムラレイコ展」を見て、旧明治屋栄ビルへ。古いビルの各フロアに5人が展示。おもしろいのは6台の強力な照明を上向きに設置し、上から水滴を垂らして水蒸気を発生させる端聡のインスタレーション。照明器具がちょうど目の高さにあるので内部が見えず、横から見ると鍋でなにか煮てるのかと思った。繊維問屋街の長者町では空きビルを使ったプロジェクトを展開。白川昌生は問屋街で扱っていたラクダのシャツに着目し、ラクダと日本の関係史を掘り下げている。ほかに巨大なハリボテのシャチホコも。その上では佐藤翠が鏡に描いたクローゼットの絵を展示していて、その華麗さは一見場違いにも感じるけど、これも服つながりだ。別のビルでは壁に大きく「アートより友人」と横断幕が張られていたが、これはもしかして地域アートの真髄を突いている? 昔ながらの純喫茶クラウンでは、今村文による植物モチーフの作品が壁にインスタレーションされている。見るだけでもいいのだが、なにしろ暑いのでアイスコーヒーでひと休み。考えることはみな同じらしく、ぞくぞくと入ってくる。
最後は愛知芸術文化センター。ここでは大きな空間に1組ずつゆったり見せている。とりわけ広大なスペースを使っていたのが大巻伸嗣で、体育館ほどの広さの展示室の床に顔料で花模様を制作。花模様は中央の柱から同心円状に広がっていて、観客は隅のほうに渡した橋の上から見るのだが、会期終盤には直接床の上を歩いてもらうそうだ。この大巻以外は引っかかる作品が少なく、つい素通りしてしまう。いいかげん疲れていたというのは差し引いても、前2回に見られたようなインパクトの強いスペクタクルな作品が激減し、よくも悪くもキマジメな作品が多かった印象だ。午後6時からのレセプションパーティーにも出てみた。河村たかし名古屋市長らトップが熱心なのはけっこうだが、ドラゴンズもグランパスも低迷してるからって、トリエンナーレに過剰な期待をかけるのはどうなんでしょうね。
2016/08/10(水)(村田真)