artscapeレビュー
「山の日制定記念 遙かなる山─発見された風景美」
2016年09月15日号
会期:2016/07/16~2016/09/04
松本市美術館[長野県]
自然写真の公募展である第5回田淵行男賞の表彰式のため、長野県松本市に行っていたので、松本市美術館の展示を見ることができた。松本市出身の草間彌生の常設展はむろん圧巻だったのだが、同時開催されていた企画展「遙かなる山 発見された風景美」もよく練り上げられたいい展覧会である(2016年5月26日~7月3日には山口県立美術館で開催)。国民の祝日として今年からスタートした「山の日」の制定記念として開催された同展には、大下藤次郎や丸山晩霞の水彩画をはじめとして、明治以降に山を描いた洋画、日本画、版画等の名作、約120点が並んでいた。
こうしてみると、山が単なる風景画のモチーフというだけではなく、画家たちの精神を強く揺さぶる異様なほどの力を発揮し続けてきたことがよくわかる。それは非日常的な“異界”であり、時には妖しい幻影を呼び起こすこともある。今回の展示ではむしろ異色作といえる石井鶴三の「やまのおばけ」(1916頃)の連作や、古賀春江の《夏山》(1927)が、むしろ強く心に残るのはそのためだろう。戦前の登山やスキーの様子を捉えた菊池華秋の《雪晴》(1938)や榎本千花俊の鉄道省観光ポスター《滑れ銀嶺 歓喜を乗せて》(1938)の、「風俗としての山」という新たな視点もなかなか興味深かった。
ただ、写真作品がまったく展示されていなかったことは残念だった。田淵行男の仕事はいうまでもないが、戦前の穂苅三寿雄や冠松次郎、戦後の白籏史朗や水越武の山岳写真は、絵画とは異なる「風景美」を定着してきたと思うからだ。版画やポスターにも目配りをしているのだから、写真作品をきちんと取り上げれば、より視野の広い、充実した展示になったのではないだろうか。
2016/08/12(飯沢耕太郎)