artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

日比遊一「地の塩」

会期:2015/04/18~2015/05/23

東京画廊+BTAP[東京都]

日比遊一は1964年、名古屋市出身、ニューヨークで俳優、映画作家として活動している。1990年代以降、独学で写真の撮影・プリントの技術を身につけ、写真家としても『imprint/ 心の指紋』(Nazraeli Press,2005)をはじめ、多くの写真集を刊行し、アメリカやヨーロッパ各地で個展を開催してきた。これほど力のある写真家が、日本ではほとんど知られていなかったのが不思議だが、今回の「地の塩」展が日本での初個展になる。
このシリーズは、1992年に日本に一時帰国した時に、奄美大島で撮影されたもので、日比にとっては最も初期の作品の一つである。にもかかわらず、その後の彼の写真に共通する、被写体に対するヴィヴィッドな身体的な反応が、既にくっきりとあらわれていることが興味深かった。画面は大きく傾いているものが多く、時には被写体の一部がほとんど真っ黒に潰れるほど焼き込まれている。その過剰ともいえるような画像の振幅の大きさは、やはり日比が俳優としての訓練を積んできたからではないだろうか。それぞれの場面に潜んでいる物語を、演劇的な想像力を駆使してつかみ取ろうとする身振りが、彼の写真ではいつでも強調されているように感じるのだ。
もう一つ、今回の展示で面白かったのは、モデルとなってくれた奄美大島の女性に宛てた毛筆書きの手紙(かなり大きな)が、写真とともに展示してあったことだ、日比は写真だけでなく、書も独学で習得し、やはり身体性を強く感じさせる独特の書体の字を書く。以前から、日本人の写真家の視覚的体験における、書(カリグラフィ)の重要性に着目していたのだが、彼の作品はそのいいサンプルであるように思える。書が写真のように、写真が書のように見えてくるのだ。

2015/04/25(土)(飯沢耕太郎)

ヴァチカン教皇庁図書館展II──書物がひらくルネサンス

会期:2015/04/25~2015/07/12

印刷博物館[東京都]

紙の印刷からコンピュータへと情報メディアが大きく変換している現在、印刷博物館でヴァチカン教皇庁図書館展が開かれることはなにか象徴的な意味があるに違いない。なーんて深読みしたくなる。ヴァチカン教皇庁に図書館が設立されたのはルネサンス全盛期の15世紀なかばのこと。ちょうど印刷術の発明と同じころだから、書物のビッグバンとともに成長を遂げてきたことになる。出品はさまざまな言語の聖書をはじめ、ヘロドトス『歴史』、プリニウス『博物誌』、ウィトルウィウス『建築書』、デューラー『黙示録』、ユークリッド『幾何学原論』、トマス・モア『ユートピア』、ゲスナー『動物誌』など垂涎ものばかり。日本語があると思ったら、「天正少年使節からヴェネツィア共和国政府への感謝状」だった。それにしても西洋の書物というのは書体も文字組みも挿絵も美しいこと。こうした古書に惹かれるのは、そこに書かれてる内容もさることながら(ていうか読めないし)、文字や絵が記された紙の束という形式ゆえであり、硬い表紙にくるまれた四角い物体の存在感に負うところが大きいだろう。いってしまえばフェティシズムの対象なのだが、それは絵画も同じで、いくらディスプレイ上で画像が見られるようになってもタブローはなくならないはず。人類は表面になにか書かれた四角い物体が本来的に好きなのだ。

2015/04/24(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00030601.json s 10111106

トーキョー・ストーリー2015[第1期]

会期:2015/04/18~2015/05/31

トーキョーワンダーサイト本郷[東京都]

TWSのレジデンス・プログラムにより、海外の都市で滞在・制作してきた伊藤久也(ソウル)、久野梓(ベルリン)、鈴木紗也香(バーゼル)、安野太郎(ベルリン)の帰国展。鈴木はバーゼルの男の子の部屋を描くことから発想を展開し、壁2面にマティス風の貼り紙をした上に室内を描いた絵を飾っている。しかもその画面に壁紙を部分的に貼って重層化させている。この「絵画インスタレーション」にはさらなる発展の余地がありそうだ。安野はルンバに自動演奏楽器を搭載してベルリンの路上を徘徊させた映像と、2カ月間の滞在中つけていた400-500字の日記を公開。同じくベルリンの久野は、抜け落ちた髪の毛でジャングルジムのようなキューブをつくったり、ひき肉とキウイジャムとの攻防をビデオにしたり、ある意味もっともベルリン的な作品を出している。彼女はもともとベルリン在住なのに、TWSのサポートを受けてあえてベルリンのレジデンスに滞在したという。いいなあベルリンは、なにやってもよさそうだ。

2015/04/24(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00030174.json s 10111105

小川千甕──縦横無尽に生きる

会期:2015/03/07~2015/05/10

泉屋博古館分館[東京都]

六本木一丁目の駅に着いたとき、そういえばよく知らないけどおもしろいかもしれない画家の展覧会をやってたなと思い出し、寄ってみる。小川千甕は明治から昭和にかけて活躍した画家で、少年時代は仏画を描き、20歳から浅井忠に洋画を学び、明治末には漫画家として知られ、渡欧してルノワールに会い、帰国後は日本画家として本格デビュー、晩年は文人画にも手を染めたという。こうした遍歴だけでも興味が湧くが、それが結晶するのは晩年の文人画だ。西洋画とも日本画ともいえないマンガチックで大胆な空間構成は、まさにタイトルのごとく縦横無尽。ちなみに名前は「せんよう」と読むが、近眼だったため「ちかめ」の名でも親しまれたらしい。まだまだ知られざる画家はいるもんだ。

2015/04/24(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00029840.json s 10111104

シンプルなかたち展──美はどこからくるのか

会期:2015/04/25~2015/07/05

森美術館[東京都]

リニューアルしていっそうシンプルさを増した展示空間に、「シンプルなかたち」がところ狭しと並んでいる。石や骨やダチョウの卵、幾何学的な曲面や結晶モデル、先史時代の石器や古代メキシコの立像、キクラデスの頭部像など「芸術」以前の造形物から、橋本平八の木と石による《牛》、ピカソの創作過程をたどれる連作版画(これも牛)、アニッシュ・カプーアの「孕んだ壁」まで、総点数130点。展示構成も時代や地域は関係なく、「形而上学的風景」「孤高の庵」「宇宙と月」といった恣意的な分け方をして、作品を引き立たせている。点数が多いのはうれしいけれど、とくに李禹煥の《関係項ーサイレンス》など、隣り合う作品が目に入って騒がしい。大量の作品をシンプルに見せるというのは難しいかも。

2015/04/24(金)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00030631.json s 10111103