artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
未来技術遺産登録記念 レンズ付フィルム展
会期:2014/10/28~2015/01/25
日本カメラ博物館[東京都]
2014年8月に世界初のレンズ付きフィルムとしてフジカラーの「写ルンです」(1986年発売)が未来技術遺産として登録されたことを記念し、日本カメラ博物館で「レンズ付フィルム展」が開催された。未来技術遺産(正式名称:重要科学技術史資料)は、国立科学博物館が科学技術を切り開いた経験を次世代に継承するため2008年に開始した制度で、これまでに184件が登録されている。本展では「写ルンです」に用いられた技術やデザインの変遷にとどまらず、他社製品、マーケットの状況、同時代のカメラも併せて出品され、一時代を築いた製品の姿が多角的に紹介されていた。
レンズ付きフィルムはどのような点で消費者に受け入れられたのか。写真撮影機材発達の歴史として、展示では「携帯性」「簡便性」「確実性」の三つが挙げられている。レンズ付きフィルムはそのいずれにおいても理想的な商品だったという。携帯性という点では、小型カメラに比べても軽く、小さく、また駅のキヨスクや観光地の売店でいつでも購入可能である点。簡便性では、巻き上げとシャッターを切るだけという簡単操作。確実性では、フィルム装填の必要がなく、また広角系のレンズと高感度フィルムの使用でピンぼけ、手ぶれが起きにくい工夫がなされている。35mmフィルムを使用したカメラでは、フィルムの装填、巻き戻しに失敗することがあったが、レンズ付きフィルムはそうした不確実性を排除することができた。デザインの変遷を見ると、フジカラーが当初フィルムを想起させる箱形の紙パッケージであったのに対して、後発のコニカはカメラに似たプラスチック製のパッケージを用い、その後フジカラーも「フィルム」から「カメラ」へと、その形状が大きく変わっている。他方で初期の紙パッケージは印刷が容易なこともあって、企業やイベントのノベルティーとして、あるいは観光地のご当地モノとして、さまざまなデザインの商品がつくられた点は興味深い。技術面では、フィルムの高感度化、フラッシュの搭載、APSフィルムの使用による小型化があり、またパノラマ撮影や水中撮影、3D撮影など、普通の小型カメラにはない機能を搭載した製品も登場し、活躍の場を拡げていった。
展示資料によれば、レンズ付きフィルム生産の最盛期は1997年。生産数はその後緩やかに減少し、2003年からは激減している。その背景には、カメラ付き携帯電話の登場とデジタルコンパクトカメラへの移行がうかがえるという。撮影機材にとっての「携帯性」「簡便性」「確実性」という課題に応えて写真撮影をとても身近な存在にしたレンズ付きフィルムは、この10年間でさらに優れた製品に取って代わられ、人々の写真の楽しみかたが拡張されてきたということになろうか。[新川徳彦]
2015/01/17(土)(SYNK)
時代と生きる──日本伝統染織技術の継承と発展
会期:2014/12/17~2015/02/14
文化学園服飾博物館[東京都]
産業としてのテキスタイルの歴史において、紡糸や織布の技術革新と比べて染織技術の改良、革新のプロセスに焦点が当てられることは少ない。紡績機や織機の革新、省力化と量産化の過程はイギリスや他のヨーロッパ諸国の工業化はもちろん、日本でも明治以降の工業化を進展させた車輪のひとつとして評価されてきた。それに対して川下の技術である染織工程では職人の技、伝統的な技術の継承が称揚されることはあれ、省力化、量産化といった革新のプロセスが注目されることはなかなかない。しかしながら私たちが「伝統的技術」と考えている工程もまた、程度の差こそあれ不断なく生じる革新によって生まれ、変化してきたものであり、次の革新によって上書きされ続けてきた歴史がある。工業化への移行ばかりではなく、「伝統的」とされる工程においても同様の歴史を見ることができる。この展覧会は、型染め、友禅、絣、紋織り、絞り染といったおもに江戸期に確立し、現在でもその原型が継承されている日本の染織技術の近代化の過程を、豊富な実物資料と解説パネル、工程を紹介する映像でたどり、さらにはこれからの挑戦にも触れるとても意欲的な試みである。
展示を見ると、染織技術の変化には大きく二つの流れがあることがわかる。ひとつは伝統的な技術体系内での効率化。もうひとつは異なる技術の応用あるいは代替である。そして両者はしばしば同時に進行する。前者の例のひとつが絞り染め。総鹿の子絞りの着物では数万箇所を糸で括る必要があり、作業を効率化するために専用の台がつくられたり、明治末には括りを電動で行なう機械が開発された。現在では後継者不足の問題もあり、括り作業を自動化するロボットの開発が行なわれていることがパネルと映像で紹介されている。
二つの流れに関わる事例は、型染めとその派生技術である。文様を彫った型紙を用いて布に防染糊を置き、糊のない部分を染める型染めは江戸時代から行なわれている伝統的な染織技法のひとつであるが、それは型を用いて同じ文様を繰り返し染めるという省力化・量産化の技術でもある。型紙の性質上、手描きのように自由な図柄を描けるわけではないが、他方でそれは小紋のように手描きでは到底不可能な繊細な文様を生み出しもした。量産化技術である型染めは、他の染織技術にも応用される。友禅では染料を混ぜた糊を型紙で染める型友禅が明治初めに開発されている。その型紙にはやがて木枠が付けられるようになって作業が効率化し、またサイズが小さい渋紙が樹脂板に取って代わられて広い面積が一度に染められるようになった。絣や絞り染など、他の染織技術に特徴的な表現・デザインをコストが安い型染めで模倣代替した事例はさらに興味深い(写真1,2)。技術革新は量産を志向するばかりではない。友禅におけるインクジェットプリンタの導入のように、多彩なデザインを安価かつ効率的に生産する用途にも現われている。
現代において伝統的技術に対する革新のニーズには、需要減を背景とする後継者不足や、道具をつくる職人の減少、良質な原材料確保の困難があり、変化はネガティブに捉えられがちである。しかし、明治から現代に至るまで、手工業の現場において、省力化、精緻化、量産化、技術代替の努力は絶えず行なわれてきた。たしかに製法の変化によって失われたデザイン、質感はあるが、他方で新しい技術は新しい表現、新しい製品を生み、時間が経過することでそれが新たな伝統をつくってきた。日本の伝統的な染織技術の継承と発展は、そうした歴史のうえにあることが強く印象づけられる展覧会であった。[新川徳彦]
関連レビュー
2015/01/14(水)(SYNK)
ジャパン・アーキテクツ 1945-2010
会期:2014/11/01~2015/03/15
金沢21世紀美術館[石川県]
ポンピドゥー・センター(フランス国立近代美術館)のフレデリック・ミゲルー氏の監修のもと、戦後から現代までの日本建築史を再考・紹介する展覧会。建築家のドローイングや模型等の資料およそ300点が展示されている。興味深いのは、6セクションに分けられる各時代・文化と建築物の総体を色のコードで示していること。第1セクション「黒」は、暗い室内の中に浮かび上がる建築物の断片の展示とともに、戦争による破壊と再建にまつわるイメージ・カラーを表わしている。第2セクション「ダーク・グレー」は、西洋の影響下にあったモダニズム/ブルータリズム建築のイメージ。第3セクション「ライト・グレー」は、工業化・都市発展の時代。第4セクション「カラー」は、大阪万博に代表されるような祝祭的な大量消費とモダニズム批判に特徴づけられるカラフルな時代。第5セクション「ノン・カラー」は、ミニマリズムや軽い建築にみられる「消去・消滅」してゆくような流れへ。最後の第6セクション「白」では、建築と社会・自然との関係性を「物語る」建築への現代的志向が浮き彫りにされる。日本の戦後の建築文化と歴史的営為をパノラマ的に一気に見ることができる展覧会。[竹内有子]
2015/01/10(土)(SYNK)
浅葉克己のタイポグラフィ展「ASABA'S TYPOGRAPHY.」
会期:2015/01/09~2015/01/31
ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]
日本グラフィックデザイン界の重鎮、浅葉克己の展覧会。出品作品は、新作のポスター、掛け軸、過去の仕事の版下のコラージュ、ワイドラックスというパノラマカメラで撮影したモノクロームの写真(一部にはエナメル塗料でポロック風のペイントがされている)。そして1階と地階の壁面には手書きの日記。これは2008年に21_21 DESIGN SIGHTで開催された「祈りの痕跡。」展(2008/7/19-9/23)に展示された「浅葉克己日記」の続き。2002年から2014年までの日記から各年70日分ずつがピックアップされているという。A4判サイズにブルーブラックのインクでびっちりとテキストが書き込まれ、しばしば新聞の切り抜きや展覧会のチケットが貼り込まれている。展示されている日記のすべてを読むことは困難なので、本展に合わせて出品された『浅葉克己デザイン日記 2002-2014』(グラフィック社、2015)で少しずつ読み進めたい。日記の横にはグラフィック作品が添えられているが、これらは抜き出した日記に合わせて選ばれたもので、内容や制作時期は必ずしも日記と連動していないことと、浅葉克己以外の仕事が含まれていることには注意されたい。
過去の仕事の版下や写真原稿を貼り込んだパネルも興味深い。コピーライターの糸井重里と組んだ西武の「おいしい生活」や「不思議、大好き。」のポスター、アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガーが出演したカップヌードルなど、浅葉事務所に保管されている過去の仕事の一部が10枚のパネルに再構成されている。いまではなかなか見ることができない手仕事の記録なのだが、展覧会の制作風景を追った映像(地階で上映)を見ると、写植を貼り込んだ台紙を切り貼りしていることがわかる。当初本展の企画担当者は版下をそのまま見せることを提案したものの、この形式での展示になったという(未来のデザイン史研究者はオリジナルのままで保存しておいてもらいたかったことだろう)。いまだに本人はPCを用いず手の仕事にこだわり続けている。それにも関わらず、生々しい手の痕跡を見せずに編集してしまうところは、浅葉克己が徹底してグラフィックデザインの人である所以であろうか。
展覧会のタイトルは「ASABA'S TYPOGRAPHY.」。タイポグラフィを主題とした企画なのだが、展示にはこのように日記や写真が含まれていて、必ずしも文字のデザインだけではない。しかし全体を俯瞰すると、浅葉克己の仕事の軸に文字があることがよくわかる。さらに言えば文字というよりは書である。それは描かれたもの以上に印象的な余白の存在であり、縦書きを想起する画面の流れであり、墨書を思わせる抑えた色彩だ。形と、間と、濃淡によって豊かなメッセージを伝える手法は、それが文字そのものでなくても表意文字の世界といえよう。近年は薄墨による表現に凝っているということで、ポスターにも用いられている英文書体「わびさび体」はコンピュータで作成した輪郭と薄墨の組み合わせ。浅葉克己といえばトンパ文字などアジアの書、文字への傾倒が知られているが、ここではアジアの書と欧文タイポグラフィとの融合が試みられている。[新川徳彦]
2015/01/09(金)(SYNK)
プレビュー:『衣服にできること 阪神・淡路大震災から20年』
会期:2015/01/17~2015/04/07
神戸ファッション美術館[兵庫県]
ファッション美術館としての阪神淡路大震災から20年の節目へのアプローチ。津村耕佑による「家をなくしてしまったとき、人を最後にプロテクトするのは服になる」というコンセプトのファッションブランド・FINAL HOME、そして衣服を造形する眞田岳彦の新作などを展示する。実際の衣服としての機能性もあるが、こういったコンセプチュアルな作品が、震災との直接的な関わりをもって展覧されることで、震災時におけるアートの存在意義、抽象性の持つ力などをどのように深める切り口となりうるか。
2015/01/06(火)(松永大地)