artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

前田春人写真展《Quiet Life》

会期:2016/06/18~2016/06/26

Kobe 819 Gallery[兵庫県]

1992年から94年の約3年間、報道写真家として南アフリカに滞在し、ネルソン・マンデラ大統領の就任とアパルトヘイトが廃止される過程を取材した前田春人。彼は都市部の緊迫した政治状況を取材する一方、小さな村の静かな日常を捉えた写真も撮影していた。それらをまとめたのが、本展で展示された《Quiet Life》シリーズである。彼が訪れたカカドゥ村は、アパルトヘイトにより故郷を追われた人々(棄民)が住む村であり、都市部とは違ったかたちでアパルトヘイトの本質が表われた場所であった。じっくりと時間をかけて取材を行なった作品は、けっして煽情的なものではない。しかし、これらもまた南アフリカ史の一断面なのだ。こうした地道な仕事が、歴史のなかで埋もれずに残っていくことを望む。

©HARUTO MAEDA

2016/06/21(火)(小吹隆文)

都築響一「エロトピア・ジャパン 神は局部に宿る」

会期:2016/06/11~2016/07/31

アツコバルー[東京都]

「神は局部に宿る」。さすが都築響一というべき素晴らしいネーミングのタイトルである。東京・渋谷のアツコバルーで開催された本展には、かつて日本各地に存在していた「秘宝館」の写真と実物の展示を中心に、まさにエロスのユートピア=「エロトピア」としかいいようがない日本人のエロス表現の諸相が盛りだくさんに並んでいた。
都築の冴え渡った編集能力によって構成された「ラブホテル」、「秘宝館」、「ベルベット・ペインティング」、「風俗詩」、「イメクラ」、「ラブドール」、「性のお達者クラブ」といった展示物を巡っていくと、あらためて日本人のエロスの風通しのよさに驚嘆させられる。江戸時代に異様なほどの活況を呈した「春画」を見ればわかるように、性的な営みを「罪」と見なすような西洋諸国とはまったく異質の、開放感あふれる性の表現が、少なくとも戦後の高度経済成長期まではその生命力を保ち続けていたことが、これらの出品物からいきいきと伝わってくるのだ。残念ながら、都築が撮影した11カ所の秘宝館が、伊勢の「元祖国際秘宝館」をはじめとして、「伊香保女神館」と「熱海秘宝館」を除いてはすべて閉館してしまったのを見てもわかるように、2000年代以降、そのエネルギーは枯渇しつつある。都築が精力的に撮影し、収集し続けてきたこれらのイメージが、もはや貴重な記録資料となってしまったことには、強い危惧感を覚えざるをえない。
「西洋のそれのように後ろめたく陰湿ではなく遊び心に溢れている」日本のエロス表現を、なんとか生き延びさせるにはどうすればいいのか。知恵を絞らなければならない時期が来ているようだ。

2016/06/19(日)(飯沢耕太郎)

イラストレーター 安西水丸展

会期:2016/06/17~2016/07/10

美術館「えき」KYOTO[京都府]

イラスト、漫画、絵本、小説などの執筆、そしてテレビタレントとしても活躍した安西水丸。筆者が大学生だった1980年代はまさに絶頂期で、多くの紙媒体で彼の作品を目にした。なかでも小説家、村上春樹との一連の仕事はいまも印象深い。当時はイラストや漫画で「ヘタウマ」が流行っていたので、彼の絵もその系統だと思っていた。しかし今回、1970年代から2010年代までの作品を通観して、その印象が一変した。作品を子細に観察すると、クライアントや仕事の内容により、じつに細かく絵柄を使い分けているではないか。簡潔な線の美しさも相まって、「これぞプロのイラストレーターの仕事だ」と、大いに感心したのである。その意味で本展は、筆者と同年代の者だけでなく、プロのイラストレーターを志す若者にとっても見ておくべき展覧会と言えるだろう。

2016/06/16(木)(小吹隆文)

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丹野章回顧展 世界のバレエ

会期:2016/06/06~2016/06/25

ギャラリー新居東京[東京都]

丹野章は昨年8月に急逝した。写真家グループVIVO(1959~61年)のメンバーのなかでは最年長(1925年生まれ)だが、いつお会いしてもとても元気に見えたので、その突然の死には驚かされた。以後、その業績をふり返る展覧会や出版が相次いでいる。ギャラリー新居東京で開催された本展も、その一環として企画されたものだ。
「世界のバレエ」は丹野の初期の代表作で、日本大学芸術学部写真学科在学中から、来日した海外のバレエ団の公演に精力的に足を運んで撮影し続けた。ボリショイ・バレエ団、ニューヨークシティバレエ団、ロイヤル・バレエ団、ベルギー国立20世紀バレエ団、谷桃子バレエ団──特に一世を風靡したロシアの名プリマドンナ、マイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」の舞台写真は貴重なものといえるだろう。
丹野はバレエの舞台を「完璧なフィクションの世界」でありながら、自分にとっては「もっともリアルな世界」であると考えていた。その二つの世界を行き来しつつ、「きわどくバランスを保った時間の断面」として捉えることこそ、彼が目指した舞台写真のあり方であり、それは今回展示された1952~72年の18点のオリジナルプリントにも見事にあらわれている。感度の低いモノクロームフィルムを使用しているにもかかわらず、そこにはバレリーナたちの息遣いや、彼らの肉体から発するオーラが写り込んでいるように見える。遺作の整理が進められていると聞くが、本作だけでなく、デビュー作の「日本のサーカス」(1953年)をはじめとする丹野の作品をまとめてみる機会を、できるだけ早くつくっていただきたいものだ。

2016/06/15(水)(飯沢耕太郎)

題府基之 何事もない穏やかな日です。

会期:2016/06/07~2016/06/24

ガーディアン・ガーデン[東京都]

題府基之は、東京ビジュアルアーツ専門学校を卒業した2007年に、第29回「ひとつぼ展」写真部門に入選して写真家デビューを果たした。家族との日常生活の断片を至近距離から撮影した写真群は、たしか同校の卒業制作だったはずだ。その後、彼の仕事は日本よりもむしろ欧米諸国で注目を集めるようになる。『Lovesodey』(Little Big Man Books, 2012)、『Project Family』(Dashwood Books, 2013)などの写真集を刊行し、現代日本写真の有力な作り手の一人とみなされるようになった。今回のガーディアン・ガーデンでの展示は、「ひとつぼ展」のグランプリ受賞を逃した写真家たちをフォローする「The Second Stage at GG」シリーズの第42弾として企画されている。
家族の日常スナップを、B全のペーパーに引き伸ばした26点が壁に連なる展示は圧巻であり、以前より明らかにスケールアップしている。だが、それだけではなく、家族一人一人のポートレート、食卓の上の眺め、近所の住宅の光景などを切り取り、圧縮して、再構築していく精度が格段に上がってきているように感じる。一見ラフな撮影の仕方に思えるが、見かけ以上に操作性の強い作品といえるだろう。とはいえ小綺麗にまとめあげるのではなく、ハイテンションを保ち続け、ノイズを排除することなく取り込んでいく力量を感じる。なんともとぼけた響きのタイトルは、住宅関係らしいポスターのロゴから借用している。テレビの画面に映っているのは、どうやらアメリカの大御所写真家のウィリアム・エグルストンのようだ。社会批評として理に落ちる寸前で、視覚的なエンターテインメントに方向をずらしていく綱渡りが、いまのところはうまくいっているのではないだろうか。
とはいえ、そろそろ「家族」の引力から離脱していく時期が近いのではと思う。どんな風に次の「プロジェクト」を展開していくのかが大きな課題になりつつある。なお、展覧会の会期に合わせるように、食卓の光景だけで構成した新しい写真集『STILL LIFE』(Newfave)が刊行されている。

2016/06/15(水)(飯沢耕太郎)

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