artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

新正卓「OROgraphy─ARAMASA Taku HORIZON」

会期:2016/07/06~2016/07/19

銀座ニコンサロン[東京都]

新正卓は、南米の日系移民を撮影した『遥かなる祖国』(朝日新聞社、1985、第5回土門拳賞受賞)や、日系人収容キャンプの記憶を辿った『約束の大地/アメリカ』(みすず書房、2000)など、ドキュメンタリーの秀作で知られる。だが、2007年に武蔵野美術大学教授を退官し、奈良に住み始めた頃から、外に向いていた眼差しを反転させ、内なる精神世界を探求し始めている。今回、銀座ニコンサロンで展示された「HORIZON」(20点)のシリーズは、2006年の退官記念展(武蔵野美術大学)で発表された「黙示」の延長上にある作品だが、その構想は「当初のプランを大きくはみ出し」て、より広がりと深みを増してきた。
写されているのは、植物(花)とその背後に広がる水平線だが、撮影場所は日本各地の海に面した崖である。つまり、その視線の先にあるのは見えない国境線ということになる。その茫漠とした眺めを強調するかのように、今回のシリーズは「OROgraphy」という特殊な技法で制作されている。19世紀から20世紀初頭に、滅びゆくネイティブ・アメリカンを撮影したエドワード・カーティスの「金泥を用いたガラス・プレート陽画」に倣って、画像の組成に金を加えてデジタル加工しているのだという。それだけではなく、一部の作品はピンホールカメラで撮影されている。つまり現実の風景を、さまざまな手法で魔術的に変換することがもくろまれているのだが、その狙いは成功と失敗が相半ばしているのではないだろうか。植物の猛々しい生命力はよく写り込んでいるのだが、それぞれの場所の固有の表情が、どれも均一なものに見えてくるのが、どうしても気になるのだ。
このシリーズは、まだこの先も変容し続けていきそうだ。その行方を見続けていきたい。

2016/07/15(金)(飯沢耕太郎)

石内都展 Frida is

会期:2016/06/28~2016/08/21

資生堂ギャラリー[東京都]

石内都の写真は、原爆の被災者の遺品を撮影した「ひろしま」(2008)を契機にして大きく脱皮を遂げる。被写体が人間からモノに移行し、鮮やかなカラー写真で撮影されるようになる。白バックで、衣服(布)がふわふわと宙に漂うような撮り方も特徴的で、人々の記憶が纏わりつく遺品を撮影しているにもかかわらず、軽やかで遊戯的な雰囲気が生じてくる。そのような作品のあり方は、今回の「Frida is」にもそのまま踏襲されている。
このシリーズは、2012年にフリーダ・カーロ美術館の依頼を受けてメキシコ・シティで撮影され、写真集『Frida by Ishiuchi』(RM、2013)が刊行された。その制作過程をドキュメントした『フリーダ・カーロの遺品─石内都、織るように』(監督=小谷忠典)も2015年に公開されている。あらかじめ、どんな作品なのか充分に承知しているつもりで出かけたのだが、会場で実際に展示を見て、とても新鮮な印象を受けることに逆に驚いた。石内の展示のインスタレーションのうまさには定評があるが、今回も大小の作品の配置の仕方が絶妙で、観客を写真の世界に引き込んでいく。写真の色味に合わせるように、壁を黄色、青、赤、藤色に塗り分けたのも素晴らしいアイディアだ。個々の作品がより膨らみを持って見えてくるように感じた。フリーダ・カーロのトレードマークというべき派手な色合いの民族衣装よりも、むしろ薬壜、洗面器、眼鏡、体温計といった小物をいとおしむように撮影した作品のパートに見所が多いのではないだろうか。
展覧会にあわせて写真集『フリーダ 愛と痛み』(岩波書店)とエッセイ集『写真関係』(筑摩書房)が刊行されている。また、同時期に開催されている「BEAUTY CROSSING GINZA」の企画の一環として、資生堂パーラー、資生堂銀座オフィス、SHISEIDO THE GINZAなどでも、石内の「NAKED ROSE」や「1・9・4・7」のシリーズが展示されていた。

2016/07/15(金)(飯沢耕太郎)

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有元伸也「TOKYO CIRCULATION」

会期:2016/07/03~2016/08/03

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

有元伸也が2006年から撮り続けている、新宿を中心とする6×6判の路上スナップのシリーズも今年で10年目を迎えた。2010年からは、自ら運営するTOTEM POLE PHOTO GALLERYで「ariphoto」と題する連続展を開催し、その度に写真集『ariphoto selection』(vol.1~vol.6)を出してきたのだが、今回のZEN FOTO GALLERYでの個展を契機として、それらをまとめた大判ハードカバー写真集『TOKYO CIRCULATION』(ZEN FOTO GALLERY)が刊行された。
印刷、造本に隅々まで気を配った写真集は素晴らしい出来栄えだが、62点の作品をピックアップした展示もなかなかよかった。普段TOTEM POLE PHOTO GALLERYで見慣れた写真群が、六本木のギャラリーの空間では、また違った雰囲気で見えてくる。一点一点の作品の個別性だけでなく、それらの相互のつながりが浮かび上がってくるのだ。特に途中からレンズを広角系に変えたことで、写真の奥行き感が違ってきているのが興味深い。路上の群衆から「浮いてくる」ような人物を画面の中心に据えてシャッターを切っていることに変わりはないのだが、その人物のアクションが周囲の環境に及ぼす影響が、写真に写り込んできているのだ。しかもそれらの写真群は、5枚×5枚、3枚×8枚という具合にグリッド状に並んでいた。そのことで、新宿の路上を一繋がりの大きな空間として捉える視点が、より強調されているようにも感じた。
有元のこのシリーズは、もはやライフワーク的な意味合いを持ち始めている。だが、ひとつのスタイルに固執するのではなく、これから先も大胆に変化していってほしい。そろそろ、カラーバージョンも考えられるのではないだろうか。

2016/07/13(水)(飯沢耕太郎)

吉野英理香「NEROLI」

会期:2016/07/09~2016/08/06

タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム[東京都]

タイトルの「NEROLI」というのは、「ビターオレンジの花から抽出されたオイル」のこと。「花の蜜に、木の皮や、葉の香りが入り混ざった複雑な香りがする」のだという。吉野が自分の写真を「複雑な香り」に喩えるのは、とても的を射ていると思う。彼女の写真は、身近な日常にシャッターを切っているにもかかわらず、さまざまな視覚的、触覚的、そして嗅覚的な要素が絡み合い、じつに複雑なハーモニーを奏でているからだ。その志向は、やはりタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムで展示された前作の「Digitalis」(2012)から一貫しているが、「2011年から2014年に撮影された作品群」から成る今回の展示では、より洗練の度を増してきた。
鏡、水面、植物、自動車のボディ、あるいは写真や文字といった被写体は、ほぼストレートに撮影されている。にもかかわらず、そのたたずまいがどこか非現実的に見えるのは、画面の中に小さな罠が仕掛けられているからだろう。特に効果的なのは光の反射とボケで、それらの視覚的な操作を的確に使いこなすことで、見慣れた場面が神秘的で謎めいた舞台装置に見えてくる。一枚一枚の写真が映し出している情景に小さな物語が含み込まれていて、それらを繋いでいくと「パッションや偶然性、そして、掴むことのできない大切な、かけがえのない瞬間」が連なる、神話的と言っていいような構造が浮かび上がってくるのだ。
なお展覧会にあわせて、赤々舎から同名の写真集が刊行された。今回の展示作品だけでなく、「Digitalis」のシリーズも含む構成だ。端正な造本のページをめくると、いい匂いが立ち上ってくるように感じる。

2016/07/13(水)(飯沢耕太郎)

木原悠介「DUST FOCUS」

会期:2016/06/29~2016/08/06

POETIC SCAPE[東京都]

何を撮るのかというのはやはり大事だと思う。1977年、広島県出身の木原悠介が、ここ10年あまり撮影し続けているのは、商業施設や飲食店の天井裏にある排気用の「ダクト」である。なぜ、そんな写真を撮るようになったかといえば、アルバイトで「ダクト」の清掃の仕事を続けてきたからだ。その作業をしているうちに、木原は縦横25×35センチほどの狭い空間の眺めに惹きつけられるようになり、それらをレンズ付きフィルム(使いきりカメラ)で撮影し始めた。今回、東京・中目黒のPOETIC SCAPEで開催された写真展では、そのなかから17点が展示されていた。
「ダクト」の形状に微妙な違いはあるが、中央奥に四角い平面が見える遠近法的なスペースである事は共通している。どこか杉本博司の「劇場」シリーズを思わせる同じ構図の写真が淡々と並ぶのだが、見ているうちにじわじわとその面白さが伝わってくる。何といっても圧倒的なのは、写真展のタイトルにもなっている「DUST」の、多様かつ魅力的な存在感だろう。「ダクト」にこびりついた塵芥が、さまざまな形状、フォーカシングで目に飛び込んでくるのだが、それはそのまま、われわれの現実世界のめくるめく多様さに見合っているようでもある。狭い空間に体を捻じ込んで、フラッシュを焚いて撮影している木原の身体感覚が、息苦しいほどのリアリティで伝わってくるのもいい。ユニークな写真作家の登場だ。
なお、展覧会に合わせて、SUPER BOOKSから同名の写真集が刊行された。表紙は顔を布で覆って、目だけを出して「ダクト」に潜り込んで作業中の木原のセルフポートレート。それがとても効いている。

2016/07/13(水)(飯沢耕太郎)