2020年10月15日号
次回11月2日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

ベゾアール(結石) シャルロット・デュマ展

会期:2020/08/27~2020/11/29

メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]

オランダの女性アーティスト、シャルロット・デュマは、2014年から北海道、長野、与那国島など、日本各地に群生する野生馬を撮影し、作品化してきた。2016年にはGallery916(東京)で、写真展「Stay」を開催しているが、今回はオブジェや映像作品を含めた広がりのある展示になっていた。メゾンエルメス フォーラムの展覧会は、いつも行き届いたインスタレーションなのだが、今回は特に作品の構成・配置がうまくいっていたと思う。

馬は神話的といってよい動物で、時にその雄々しさや生殖力、パワフルな躍動感などが強調される。デュマのアプローチはその対極というべきもので、馬たちはむしろ優しげに人に寄り添い、大気と同化し、静かにたたずむ姿で描かれている。今回の展示では、埴輪、木馬、瓢箪、馬轡、腹帯、さらに馬の胃の中に形成される丸い結石などのオブジェを効果的に配することで、人と馬とが強い絆で結ばれながら共生してきた歴史を、さまざまな角度から辿り直していた。与那国島の少女「ゆず」と彼女の愛馬「うらら」が登場する《潮》(2018)、馬の衣装を身につけたデュマの娘が、オランダから与那国島を訪れるロード・ムービーの《依代》(2020)の2つの映像作品も、撮影・編集ともに素晴らしい出来栄えである。日本の在来馬をテーマにしたプロジェクトはまだ進行中のようなので、さらなる展開が期待できそうだ。

2020/08/27(木)(飯沢耕太郎)

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瞬く皮膚、死から発光する生

会期:2020/08/25~2020/11/03

足利市立美術館[栃木県]

とても充実した内容の展覧会だった。出品作家は、石内都、大塚勉、今道子、髙﨑紗弥香、田附勝、中村綾緒、野口里佳、野村恵子の8人。このような多岐にわたる作風の写真家たちによるグループ展では、担当学芸員の力量が問われるのだが、同美術館の篠原誠司による人選とキュレーションがうまくいったということだろう。

写真という表現媒体は、基本的に生の世界に向けて開いている。写真家たちは「生きている」人やモノや出来事を撮影するのだが、そこには否応なしに死の影が写り込んでしまう。あらゆるものは死(消滅)に向かって歩みを進めており、写真を見るわれわれは、その予感を感じとってしまうからだ。逆に、死のイメージに色濃く覆い尽くされた被写体(例えば死者や廃墟)に、生の契機を見出すこともある。写真家たちの仕事を見ていると、生と死が二項対立ではなく一体化していること、生のなかに死がはらまれ、死のなかから生が輝き出してくることがよくわかる。

今回の「瞬く皮膚、死から発光する生」展は、そのことをいくつかの角度から浮かび上がらせようとする意欲的な企画である。各作家の展示スペースや作品の配置に細やかな気配りが感じられ、薄い紙に画像を定着・形成する写真という表現媒体を、生と死を媒介する「皮膚」に喩える発想も、充分に納得できるものだった。

石内、大塚、今、田附の旧作を中心にした展示もよかったが、髙﨑、中村、野口、野村の新作のほうがむしろ心に残った。自分の子供にカメラを向けた中村綾緒、自宅のベランダで「きゅうり」を撮影した野口里佳の写真には、死を潜り抜けた生の輝きが、画面に溢れ出る「光」として写り込んでいる。単独で山中を歩き回り、篩で濾すように「静けさ」を掴み出してくる髙﨑紗弥香の作品には、さらに大きく成長していく可能性を感じる。生と死の交錯を写真に刻み込む野村恵子の新作「SKIN DIVE」も、次の展開が期待できそうだ。「見てよかった」と思う展示は、じつはそれほど多くないが、この展覧会は確実にそのひとつだ。今年の写真展の最大の収穫となるかもしれない。

2020/08/24(月)(飯沢耕太郎)

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LILY SHU「LAST NIGHT」

会期:2020/08/20~2020/09/06

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

中国・ハルビン出身のLILY SHU(リリー・シュウ)は、このところ多くの公募展で上位入賞を重ねており、注目度も上がってきている。高度資本主義社会に生起するさまざまな事象を、独特のフィルターを介して濾過し、再組織していくその制作のスタイルもだいぶ完成されてきた。

今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展には、写真とドローイングを融合させるという新たな試みを展開した。その両者に直接的な関係はないが、「夜の夢想」というべきイマジネーションのふくらみを、ほの暗い闇のなかで増殖させていくような手つきは共通している。ドローイングのほうがやや抽象度が高いが、色味やフォルムに連続性があるので、その融合にはそれほど違和感がない。むしろ、あまりにもすんなりとつながっていることに問題がありそうだ。何点か、写真とドローイングを同一画面に合体した作品も展示していたが、もっと異質な要素が互いに衝突し、スパークしているような構成のほうが面白かったかもしれない。ただ、いまは展覧会を開催するたびに新たなチャレンジをしていく時期なので、次回はまったく違った作品になっていくのではないかという予感もある。写真にもドローイングにも、もっといろいろな可能性がありそうだ。

そういえば、LILIY SHUのデビュー作である、自室の空間を舞台に撮影した「ABSCURA」が、赤々舎から写真集として刊行されるという話をずいぶん前に聞いたのだが、まだ実現していない。そろそろかたちになってもいいのではないだろうか。

関連レビュー

LILY SHU「Dyed my Hair Blond, Burnt Dark at sea」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

Lily Shu「ABSCURA_04」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年12月15日号)

2020/08/23(日)(飯沢耕太郎)

大塚広幸「身体の在りか」

会期:2020/08/14~2020/08/29

EMON Photo Gallery[東京都]

2005年にスタートしたEMON Photo Galleryは、今回の大塚広幸展で休業することになった。印象深い展覧会が多かったので、とても残念だが、また来年から新たなかたちで活動を再開すると聞いている。

9回目となったエモンアワードでグランプリを受賞した大塚の作品は、素材としてガラスを用いている。ガラスは人類の文明の発祥とともに歩んできた古い歴史を持つ物質であり、透過、反射、屈折といった独特の作用を備えている。大塚は液晶ディスプレイの表面を剥がし、そこに液体シリコンを塗布したガラスを密着させてRGB信号を大判カメラで撮影する。ガラスがフィルターの効果を果たすことで、ディスプレイの画像は奇妙な模様状のパターンとなる。画像そのものはインターネットから抽出されたものだが、赤を中心とした色彩を強調することで、生成・変化する力強いフォルムが生み出されていた。今回の展示では、さらにプリントを自ら制作したガラスフレームに封じ込めた。大塚はガラス職人の技術を学んでいるので、画像と素材とが一体化した彫刻作品として提示されていた。会場のインスタレーションもよく練り上げられており、エモンアワードの最終回にふさわしい、とても完成度の高い展覧会だった。

今回の展示は抽象度の高い作品が多かったが、インターネットの画像の選択をもっと具象的なものにしていけば、また別の見え方のシリーズになるのではないかと思う。さらに続けると、よりダイナミックな展開が期待できそうだ。

関連レビュー

東京綜合写真専門学校学生自主企画卒業展 カミングアパート|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2009年03月15日号)

2020/08/22(土)(飯沢耕太郎)

Ryu Ika展 The Second Seeing

会期:2020/08/18~2020/09/12

ガーディアン・ガーデン[東京都]

中国・内モンゴル出身のRyu Ika(劉怡嘉)の写真を見ると、いつでも「異化効果」という言葉が頭に浮かぶ。異様なエネルギーを発するモノ、ヒト、出来事が衝突し、きしみ声をあげているような彼女の写真のあり方が、まさに「異化効果」そのものに思えてくるのだ。2019年の第21回写真「1_WALL」でのグランプリ受賞を受けての今回の写真展でも、彼女の真骨頂がいかんなく発揮されていた。

会場の半分には、派手な原色のカラープリントが、天井から床までびっしりと張り巡らされている。内モンゴルで撮影された写真が多いようで、奇妙な動作をするヒトの群れに、食べ物、合成繊維の衣服、キッチュな家具などが入り混じり、ひしめき合う様は、視覚的なスペクタクルとして面白いだけでなく、どこか不気味でもある。もうひとつの会場の半分には、大きく出力されたさまざまな顔、顔、顔のプリントが、くしゃくしゃに丸めて積み上げられている。そのあいだに、TVのモニターが置かれ、監視カメラで撮影された会場の様子が流れていた。

とてもよく練り上げられたインスタレーションなのだが、展示を通じてRyu Ikaが言いたかったのは、つねに監視され、コントロールされている現代の社会状況への、強烈な違和感のようだ。会場に掲げられたコメントに、「みている。みられている。みられている側もみられている」とあったが、写真家もまた、視線の権力に加担することを免れえないという痛切な認識が、彼女の写真行為を支えている。中国、日本、そしてフランスなど、いくつかの国を行き来しながら、写真を通じて得た新たな認識を育て上げようとしているRyu Ikaの「異化効果」は、さらにスケールアップしていきそうな予感がある。

関連レビュー

Ryu Ika 写真展「いのちを授けるならば」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2020年02月01日号)

2020/08/13(木)(飯沢耕太郎)

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