artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

後藤元洋「横断的表現行為ー東京綜合写真専門学校で学んだことー」

会期:2023/10/20~2023/10/28

Gallery Forest[神奈川県]

1958年、神奈川県生まれの後藤元洋は、東京綜合写真専門学校在学中の1980年代から、パフォーマンスと写真撮影を結びつけた「横断的表現行為」を続けてきた。今回、同校4FのGallery Forestで開催した個展では、イタリア人アーティストのジーン・ピゴッジの作品に触発されて制作したという、不特定多数の他者と肩を組み合ったセルフポートレート「Jean Piggoziに捧ぐ」(1980年)から、近作の、放射線防護のタイベック・スーツを身に纏った「絶対安全ーunder control」(2011年〜)まで、彼の代表的な作品が展示されていた。

特に興味深いのは、1990年から集中して制作された「ちくわ」を口に咥えたセルフポートレートのシリーズだろう。1989年に、スーパーマーケットで焼きちくわとの「運命的な出会い」を果たした後藤は、以後、おかしさとエロさとが微妙に交錯する「ちくわ」の連作を発表するようになっていった。同作は、彼の長身・痩躯の特異な風貌と、「ちくわ」のオブジェとしての奇妙なたたずまいとが絶妙にブレンドして、味わい深いシリーズとなった。さらに1993年からは、「竹輪乃木乃伊」(串刺しして乾燥した焼きちくわ)を、写真作品とともに5年ごとに「御開帳」するという儀式も続けている。

パフォーマンスの記録を写真作品として発表する作家は後藤以外にもいる。だが、彼の40年を超える作家活動は、その長さと揺るぎのない姿勢において、日本ではかなり例外的なものといえそうだ。まだまだ創作意欲は衰えていないようなので、この展示をひとつのきっかけとして、新たな表現領域を開拓していってほしいものだ。


後藤元洋展「横断的表現行為─東京綜合写真専門学校で学んだこと─」:https://gallery.tcp.ac.jp/goto/

関連レビュー

後藤元洋「竹輪之木乃伊御開帳」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2018年06月15日号)

2023/10/23(月)(飯沢耕太郎)

うつゆみこ『Wunderkammer』

発行所:ふげん社

発行日:2023/10/10

2006年に第26回写真「ひとつぼ展」でグランプリを受賞し、翌年、ガーディアン・ガーデンで受賞記念展を開催した頃から、展覧会や作品集の形でうつゆみこの作品を見続けてきた。その過剰な創作エネルギーには、いつでも圧倒される。展覧会の会場には、ひしめくように作品が並び、同時期に何冊ものzineが刊行される。作品をプリントしたTシャツなども売られている。ある種の強迫観念の産物のような作品群をみるたびに、この人の制作行為のモチベーションは何なのだろうと思っていたのだが、今回ふげん社から刊行された写真集『Wunderkammer』に目を通して、その秘密を少しは理解できるような気がしてきた。

写真集は「yaoyorozoo」「増殖」「いかして ころして あたえて うばって」の三部構成で、全部で170点以上の作品がおさめられている。それらを見ると、初期作品も含む「yaoyorozoo」や「増殖」のパートを経て、近作が中心の「いかして ころして あたえて うばって」に至る過程で、うつの作品制作のあり方が大きく変わってきたように感じた。さまざまな場所で購入・蒐集した印刷物、オブジェ、キャラクター・グッズなどのコレクションを、構想と妄想のおもむくままに構築した「yaoyorozoo」や「増殖」のコラージュ作品は、たしかにめくるめくようなイメージ空間を形成している。ところが、その「Wunderkammer=驚異の部屋」は、二人の娘をはじめ、うつと同居する生き物たちが次々に登場してくる「いかして ころして あたえて うばって」のパートになると、むしろ彼女自身の生そのものと、見分けがたく同化してきているように見えてくる。自宅のアトリエでの創作活動こそが日常であり、社会的な営みの方が非日常化するという逆転現象が生じてきているのだ。結果として、一個一個の作品から立ち上がる切実なリアリティはただならぬものになりつつある。

この作品集が、うつゆみこの作家活動のひとつの区切りとなることは間違いないだろう。日本国内だけでなく、海外の写真関係者がどんな反応を示すのかが楽しみだ。


うつゆみこ『Wunderkammer』:https://fugensha-shop.stores.jp/items/6513bd2a5d2d4e002facecc0

2023/10/16(月)(飯沢耕太郎)

佐藤信太郎「Boundaries」

会期:2023/10/05~2023/10/29

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

佐藤信太郎は、皇居周辺を撮影していた時に、その辺りがかつて海と陸とを隔てる崖であったことに気づいて、「都市の境界」を意識するようになった。その延長上の作業として、千葉の自宅に近い、かつて東京湾に面していた崖を撮影し始める。崖にはさまざまな植物が生い茂っていた。それらの植物群を「境界のポートレート」として撮影するうちに、個々のイメージを解体し、組み替えて(recombine)いくことを思いつく。こうしてできあがってきた「Boundaries」の連作を集成したのが、今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展である。

これまでは、都市の建造物を中心に撮影してきた佐藤にとって、植物というより流動的で不定形な被写体にシフトすることは、大きな冒険だったはずだ。だが結果的には、徹底したコラージュの作業によって、都市の眺めを再構築する新たな写真群が立ち上がってきた。ただ、「直線的に画像データを重ね合わせていた」初期の作業から、「木の葉や枝、草花などのすでにある形をレディメイドとしてそのまま利用し、レイヤーを重ね、組み替えていく方法」に移行したことで、植物群のフォルムやテクスチャーが不分明になり、どちらかといえば抽象的な、モザイク状の色面の連なりとなってしまったことについてはやや疑問が残る。イメージ操作が目について、肝心の「都市の境界」のリアリティが薄れてしまったように思えるからだ。

本作を足がかりに、さらなる対象、手法を模索することで、「都市の境界」を巡る、より包括的な作品が成立してくるのではないだろうか。


佐藤信太郎「Boundaries」:https://fugensha.jp/events/231005sato/

関連レビュー

佐藤信太郎「Boundaries」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年04月15日号)
佐藤信太郎「The Origin of Tokyo」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年03月01日号)

2023/10/14(土)(飯沢耕太郎)

開館10周年記念展ニューホライズン 歴史から未来へ

会期:2023/10/14~2024/02/12

アーツ前橋+前橋市中心市街地[群馬県]

アーツ前橋の開館10周年記念展。振り返れば、作品紛失とか契約不履行とかいろいろ「歴史」があったけど、とりあえず置いといて「未来」の「新たな地平」へ踏み出そうってか(笑)。「ニューホライズン」の芸術監督はアーツ前橋の特別館長に就任した南條史生氏。特別館長ってなんだ? 南條氏は、共同ディレクターを務めた第1回横浜トリエンナーレでは「メガ・ウェイブ──新たな統合に向けて」を、森美術館の副館長時代には開館記念展に「ハピネス──アートにみる幸福の鍵」を、館長時代の10周年記念展では「LOVE展 アートにみる愛のかたち」を、それぞれ手がけてきた。カタカナ・横文字のタイトルに、明るく前向きなサブタイトルをつける傾向は変わっていない。

会場はアーツ前橋のほか、近所の白井屋ホテル、百貨店、空きビル、路上にも広がり、出品作家は計26組。展示作品は未来志向の割に映像やメディアアートは意外と少なく、絵画が多い。特に目立つのはブラッシュストロークを強調した作品で、井田幸昌、武田鉄平、山口歴がそれに当たり、ペインタリーな五木田智央と川内理香子も加えれば5人に上る。だがよく見ると、武田は筆触を精密に写したフォトリアリズム絵画、山口はボードを筆跡のかたちに切り抜いた一種のレリーフで、どちらもブラッシュストロークをモチーフにした「だまし絵」にすぎない。こうしたトリッキーなだまし絵は最初は目を引くものの、仕掛けがわかればすぐ飽きてしまう。

メディアアート系ではビル・ヴィオラとレフィーク・アナドールによる映像、ジェームズ・タレルとオラファー・エリアソンによる光を使ったインスタレーションなどがあるが、アナドール以外はこぢんまりしている。ちなみに、アナドールの映像は鮮やかな色彩の液体が色を変えながら流動していくもので、これを絵具の奔流と捉えればブラッシュストロークにも通じる。だまし絵も含めて視覚的にインパクトのある作品が多く、見て楽しめる展覧会になっている。

異彩を放つのが村田峰紀だ。交差点に面した1階のガラス張りのロビーに白い箱を置き、村田自身がすっぽり入って首だけ出しているのだ。ポータブルサウナにも見えるが、どっちかといえば晒し首。時折ヴィーンと機械音を発しながら振動する。自慰でもしてるのかと想像してしまうが、たぶん箱のなかで本を引っ掻いているんだろう。「ニューホライズン」というさわやかなタイトルに抗うような不穏なパフォーマンスだ。彼が前橋出身という来歴を抜きに選ばれたとしたら、出色の人選といわねばならない。



村田峰紀によるパフォーマンス風景[筆者撮影]


アーツ前橋以外の会場を回ろうと街を歩いてみて驚いた。中心街というのに更地は多いわ、シャッターは閉まっているわ、歩行者は少ないわ、まるでゴーストタウンのようにさびれまくっているではないか。そんな街だからこそアートで活気づけようと、白井屋ホテルやまえばしガレリアみたいなアートゾーンができたり、今回のように街なかにアートを置いたり、いろいろ試みているのだろう。アートの住処は整備された美術館や金持ちの豪邸だけでなく、さびれた廃墟にもフィットするからな。

白井屋ホテルは裏口が半ば土に覆われているのでびっくり。入っていくと柱と梁がむき出しの空間に出る。表玄関に回ると、ローレンス・ウィナーによる「FROM THE HEAVENS」などと書かれたコンセプチュアル・アートが壁面に掲げられていたりして、ウワサには聞いていたけどここまでやるかってくらい思い切ったリノベーションが施されていた。設計は藤本壮介。ここではロビーに蜷川実花の色鮮やかな花のインスタレーションが見られるが、蜷川作品については後述したい。

路上にもいくつか作品が置かれる予定だが、ぼくが見ることができたのは中央通りの商店の前に置かれた関口光太郎の《ジャイアント辻モン》。骨組みに新聞紙で肉づけしてガムテープで巻いた高さ5メートルはありそうな巨人像で、上半身にはオウムが止まっている。前橋出身の関口にとってこのエリアは思い出の場所であり、その思い出が辻神になった姿だという。その先の小さな百貨店といった風情のスズラン前橋店では、別棟の空きフロアでマームとジプシーによるインスタレーション《瞬く瞼のあいだに漂う》が見られる。マームとジプシーはやはり前橋出身の藤田貴大が脚本・演出を務める演劇集団で、近年は演劇と美術を架橋する活動も行なっている。ここでは空き店舗の空間を利用して、市内をフィールドワークして得られた映像や写真、テキスト、声などで前橋の記憶をインスタレーションしてみせた。

その先のHOWZEというバブリーなビルでは、WOW、川内理香子、蜷川実花ら5組が各フロアに作品を展示。水商売の店が入っていたせいかビル全体が妖しげだし、作家数も多いし、見応えがあった。WOWの《Viewpoints - Light Bulb》は、ランダムに明滅する裸電球と数十枚の鏡を巧みに配置し、ある1点に立つと光が1本の水平線に見えるというインスタレーションを実現。視覚的にインパクトがあるし、水平線(ホライズン)だし、この展覧会にピッタリかもしれない。川内理香子はアーツ前橋にも絵画を出しているが、ここではネオン作品を発表。コンクリートむき出しの壁や床に捻じ曲げたネオン管が赤く輝き、廃墟のような場所性と相まって妖しい雰囲気を増長している。



WOW《Viewpoints - Light Bulb》より[筆者撮影]


1フロアだけキャバレーの内装が残されているが、これを有効活用したのが蜷川実花だ。赤、青、紫の艶かしい照明の下を抜けると、広々としたフロアに水を貯めた水槽やモニターが置かれ、色とりどりの金魚を映し出している。酔客の代わりに金魚が踊っているのだ。奥には赤いカーテンのかかった小舞台があり、バブルの栄華が偲ばれる。これはいい。アーツ前橋の作品がどっちかといえば優等生的な表の顔だとしたら、ここにある作品はちょっと不良っぽい裏街の顔で、うまくバランスが取れているように思えた。



蜷川実花《Breathing of Lives》より[筆者撮影]


開館10周年記念展ニューホライズン 歴史から未来へ:https://www.artsmaebashi.jp/?p=18770


関連レビュー

群馬の美術館と建築をまわる|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2020年12月15日号)

2023/10/13(金)(内覧会)(村田真)

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即興 ホンマタカシ

会期:2023/10/06~2024/01/21

東京都写真美術館 2階展示室[東京都]

本展の日本語のタイトルは「即興」だが、英語のタイトルは「Revolution 9」になっている。そのことに気づいて、なるほどと思った。そのネーミングに、ホンマタカシが今回の展覧会に向けたメッセージが端的にあらわれていると感じたからだ。

「Revolution 9」というのは、1969年に発売されたザ・ビートルズの9枚目のアルバム『The Beatles』(通称「ホワイト・アルバム」)の最後におさめられた、8分21秒の曲である。ジョン・レノンがほぼ単独で、さまざまな音源を収録したテープをコラージュして繋ぎ合わせ、「ミュージック・コンクレート」の手法で実験作を完成させた。意欲的な作品であることは間違いないが、それまでのビートルズ・ナンバーとはまったくかけ離れた発想、手法の作品だったので、評判はあまりよくなかった。「ガラクタ」「世紀の駄作」と非難する声も上がったと聞く。

今回のホンマの展示も、見方によっては大方の予想を裏切るものと言えるだろう。ホンマタカシといえば、明晰なコンセプトと卓抜な技術力に裏付けられて、視覚的なエンターテインメント性にも十分に配慮した作品を、観客に提供し続けきた作家だからだ。ところが、建築物の一室をピンホールカメラに仕立て、世界各地で撮影した写真がアトランダムに並ぶ今回の展示は、どこをどう見ればいいのかわからないという戸惑いを与えるものになっていた。会場の中心には、丸窓が空けられた部屋が設けられ、表題作の「Revolution」「No.9, 3」といった作品を覗き見ることができるようになっている。部屋にはピアノも据えられており、どうやらそこで即興演奏も行なわれるようだ。

だが、まさにその行き当たりばったりにさえ見えるインスタレーションこそ、ホンマが本展で試みようとしたことの具現化だったといえる。彼がここ10年あまり展開してきた、ピンホールカメラを使った作品群は、写真という表現手段に特有の、ノイズを取り込んでは撒き散らしていく「即興」性を、どれだけ取り込めるかという実験だったことがあらためて浮かび上がってきていた。写真という表現メディアの原点に回帰することで、ビートルズの「Revolution 9」のラディカリズムを受け継ごうとする意志を、はっきりと感じとることができた。


即興 ホンマタカシ:https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-4540.html

2023/10/13(金)(飯沢耕太郎)

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