2023年06月01日号
次回6月15日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

さばかれえぬ私へ Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023 受賞記念展

会期:2023/03/18~2023/06/18

東京都現代美術館 企画展示室 3F[東京都]

東日本大震災の記憶をどう受け継ぎ、作品化していくのかということは、多くのアーティストにとって大きく、重い課題といえるだろう。とりわけ、2008年から宮城県名取市北釜を拠点として活動し、震災直後の凄惨な状況をまざまざと体験した志賀理江子にとっては、それが特別な意味をもつテーマであり続けているのは間違いない。今回、Tokyo Contemporary Art Award 2021-2023の受賞記念展として開催された竹内公太との二人展でも、力のこもった作品を発表していた。

ビデオ・インスタレーション作品の《風の吹くとき》(2022-2023)には、宮城県沿岸部の防波堤を歩く目を閉じた人物たちが登場する。彼らを支え、導くもう一人の人物が、強い風が吹き荒ぶその場所で、震災にまつわる思いや出来事を静かに語りかける声が聞こえてくる。視覚を奪われた人物は、あの地震と津波による「暗い夜」を経験した者たち、一人ひとりの化身というべき存在なのだろう。

もうひとつの作品《あの夜のつながるところ》(2022)では、大きく引き伸ばした写真プリントを壁に貼り巡らし、パイプ、土嚢袋、鉄板などを床に配置していた。福島県の山間部の私有地だという、津波で流された車両、船、ユンボなどの重機類を「瓦礫ではなく私物」として置いてある場所を再現したインスタレーションである。志賀はここでも、震災の記憶そのものの個別化、具現化をめざし、それを全身全霊の力業で実現していた。

竹内公太の、太平洋戦争末期の風船爆弾の飛来地(アメリカ)を、地図、ストリーミング映像、写真などを介して検証した作品群も、やはり時の経過とともに災厄の記憶がどのように変質していくのかを丹念に追っており、志賀の仕事と共振する内容だった。東京都現代美術館の天井の高い、大きなスペースが、うまく活かされた企画展といえるだろう。


公式サイト:https://www.tokyocontemporaryartaward.jp/exhibition/exhibition_2021_2023.html

2023/03/19(日)(飯沢耕太郎)

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山下陽平&伊島薫展 見せてはいけない。なぜなら・・・?

会期:2023/03/16~2023/04/09

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

伊島薫は1990年代に「ヘアモード」と題するシリーズを発表したことがある(1994年に美術出版社から写真集として刊行)。当時はいわゆる「ヘアヌード」ブームの絶頂期で、ピュービック・ヘアを晒したヌード写真が蔓延していた。伊島は、なぜ「ヘア」にそれほどまでに注目が集まるのかという疑問をもち、あえてファッション写真の様式をそのまま借用して、モデルの顔と下半身だけを露出した写真を制作・発表したのだ。

東京ではひさしぶりの展示という本展の出品作「あなただけが知っている」を目にして、旧作の「ヘアモード」のことを思い出した。伊島の創作の動機となっているのは、いつでも既成概念への疑義と反抗であり、「見せてはいけない」画像のスクリーンショットを、カラフルなグラフィック作品に加工して展示した今回のシリーズにも、その身振りがそのまま受け継がれているように感じた。出品作はTシャツにもプリントして販売されており、それを購入した人だけが元の画像を見ることができる。いかにも伊島らしい、けれん味のあるプロジェクトだが、画像(どうやら女性器のようだ)のグラフィック処理があまりにも抽象化されていて、「見てはいけない」ものであるということが、よくわからなくなっているのが少し残念だった。

なお本展は、伊島と若手写真家とのコラボレーション企画「&伊島薫」の第一弾である。今回の山下陽平(1994年生まれ)は、スナップ写真における人物の顔の扱い方について問題提起する「シン・モザイク」シリーズを出品している。スナップ写真そのものの発想、技術が的確で、コロナ時代の都市環境をさし示すドキュメントとしても、しっかりと成立していた。「&伊島薫」の次の展開も期待できそうだが、伊島の新作による個展もぜひ見てみたい。

公式サイト:https://fugensha.jp/events/230316yamashitaizima/

2023/03/18(土)(飯沢耕太郎)

真月洋子「a priori」

会期:2023/03/13~2023/03/18

巷房・1[東京都]

先に本欄で紹介した初芝涼子「Consciousness」もそうなのだが、東京・銀座の巷房では、いい仕事をしているのだが、これまであまり見る機会がなかった写真家の作品が展示されることがある。今回の真月洋子展も、とてもクオリティが高く見応えのある展覧会だった。

真月は1998年~2004年に「a priori」と題した写真シリーズを制作し、2013年には同名の写真集を蒼穹舎から刊行している。今回の展示作品は、その続編というべきだろう。だが、同じく身体(ヌード)と植物(花)というテーマを扱っていても、旧作と新作ではかなり肌合いが違ってきている。以前は身体に直接、植物の画像を投影して撮影していたのだが、今回は複数の画像を合成してプリントした。そのことで、視覚的な要素よりも「皮膚から皮膚へと直接語りかける」触覚的な要素がより強調されるようになり、画像の緊密度が上がってきた。

また、真月がなぜ身体と植物との関係性にこだわるのかが、丁寧に仕上げられたコロタイプによる緻密な画像によって、説得力をもって表現できるようになった。真月は、植物を媒介にすることで、「時間の経過がひとの体にもたらすもの」をくっきりと浮かびあがらせることができると考えているようだ。今後は、ひとつの画面に収束するのではなく、複数の写真を組み合わせて並置することで、大判プリントによる、より広がりのあるインスタレーションも可能になるのではないだろうか。

なお、今回も展覧会に合わせて写真集『a priori』(蒼穹舎)が刊行された。印刷に気を配った丁寧な造本の写真集である。

2023/03/15(水)(飯沢耕太郎)

大須賀薫「label」

会期:2023/02/28~2023/03/12

TOTEM POLE PHOTO GALLERY[東京都]

大須賀薫は1998年生まれ、2021年に日本写真芸術専門学校を卒業し、同年からTOTEM POLE PHOTO GALLERYのメンバーとして活動するようになった。以後、同ギャラリーを舞台に意欲的な展示を展開している。

今回の「label」では、日常の事物を撮影した画像を印画紙にコラージュ的にプリントし、その一部を捲りあげたり、色味、あるいはネガ・ポジを転換したりするような操作を加えている。画面処理そのものに新味はないが、画像の選択が的確なのと、触覚的な要素を強調していることで、われわれが現実世界に「無意識のうちにラベルを貼り」、それらを「平たく、薄っぺらなもの」として認識しているのではないかという彼の疑問によく応えた作品として成立していた。大きく引き伸ばしたプリントの裏から、重ね合わせるようにセルフポートレートと思しき画像を投影するインスタレーションも並置されていて、トータルな会場構成もうまくいっていたのではないかと思う。

次に必要なのは、より深く「無意識」の領域に探りを入れ、自分にとって何が重要なのかをつかみとり、それをしっかりと形にしていくことだろう。被写体の幅をもう少し絞り込んでいくことも考えられそうだ。写真集の刊行や、TOTEM POLE PHOTO GALLERY以外の場所での展示も模索していってほしいものだ。


公式サイト:https://tppg.jp/label/

2023/03/09(日)(飯沢耕太郎)

山上新平「liminal(eyes)」

会期:2023/03/04~2023/04/09

POETIC SCAPE[東京都]

海、あるいは波は写真の被写体としてとても魅力的であり、多くの表現の可能性を秘めていると思う。神話的といえそうなシンボリックな対象であるだけでなく、写真家に個別的、具体的な視覚的経験を与え、千変万化するその姿は尽きせぬ興味を喚起する。今回、POETIC SCAPEで展示され、bookshop Mから同名の写真集も刊行された山上新平の新作もまた、その海、あるいは波をテーマとしていた。

コントラストの強い黒白の画面は、張りつめた緊張感を湛え、山上が「見る」ことに集中していることが伝わってくる。彼の中心的な関心は、海面の複雑で微妙に変化する光と影の交錯に向けられているようだが、それだけでなく、海そのものの物質感をモノクロームに還元して捉え切ることを目指している。そのもくろみは、高度な構想力と技術力によって、ほぼ完璧に実現していた。

完成度の高いシリーズだが、逆にそのすっきり整えられたたたずまいにやや違和感も覚えた。写真集の裏表紙に、今回のシリーズとはまるで対極というべき、飛翔する蝶を捉えたカラー写真が掲載されている。山上は今回の「liminal(eyes)」シリーズの前に、蝶を集中して撮影していた時期があり、そこでは「触れるだけの眼」のあり方が探求されていたのだという。山上が写真を通じて世界を「見る」ことを、幅広く捉えることのできる写真家であることが、このエピソードからもよくわかる。次は一点集中ではなく、彼の多面的な眼差しが同居しているような作品を見てみたい。


公式サイト:http://www.poetic-scape.com

2023/03/09(日)(飯沢耕太郎)

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