artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

福島あつし『僕は独り暮らしの老人の家に弁当を運ぶ』

発行所:青幻舎

発行日:2021/08/31

本作の元になった作品「弁当 is Ready」は、2019年にKYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭の関連企画KG+の枠で展示され、同年度のKG+AWARDグランプリを受賞した。その受賞展は、2020年度の京都国際写真祭のメイン企画として同年9〜10月に下京区の伊藤佑 町家で開催されている。福島の真摯な写真への取り組みの姿勢が伝わってきて、とても強い印象を与える展示だった。今回、青幻舎から刊行されたのは、それをさらに練り直して完成させた、同シリーズの写真集ヴァージョンである。

2004年に大阪芸術大学写真学科を卒業した福島は、2004年から2014年にかけて、神奈川県川崎市で高齢者専門の弁当配達のアルバイトをしていた。たまたま情報誌で目に留まったというのが、仕事を始めるきっかけだったようだが、写真学科卒業という経歴からして、配達先の老人たちにカメラを向けるのは自然な行為だったのではないだろうか。だが、そうやって撮りためていった写真を実際に発表するまでには、かなり長い期間が必要だった。いうまでもなく、厳しい状況のなかで、時には身体的な不調を抱え込んで独り暮らしをしている老人たちにカメラを向けることへの葛藤(「罪の意識」)に、どう片をつけるのかに思い悩まざるを得なかったからだ。結果的に、その躊躇の日々は、本作の成立においてとても有意義だったのではないかと思う。どの写真を選び、どのように見せるのかという、写真集作りの基本的な作業に、重みと厚みが加わり、読者にもまた作者とともに自問自答を促すような回路が成立したからだ。

一方で福島にとって、このシリーズは写真家としてのスタートラインということになる。得難い経験を糧にして、彼がどんな道を歩んでいくのかが気になる。

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2021/09/19(日)(飯沢耕太郎)

王露「Frozen are the winds of time」

会期:2021/09/16~2021/10/03

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

王露(ワン・ルー)は1989年、中国・山西省出身の写真家。2020年に武蔵野美術大学造形学部映像学科を卒業し、現在は東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻の修士課程に在学している。今回の個展では、王が12歳の時に交通事故で脳挫傷を負い、精神的、身体的な障害を抱えて暮らしている父親と、その周辺の環境を撮影した写真シリーズ「Frozen are the winds of time(時間の風、そのまま)」を展示した。

8歳程度の知的能力になり、娘の存在をうまく認識できない父親は、王がカメラを向けると手を伸ばして拒否の身振りをとる。展覧会にはその父親と、ともに苦難の日々を過ごしてきた母親のポートレートとともに、母親の日記の抜粋も出品されていた。もう一つ重要なのは、父母が暮らす故郷の街、太原の急速な変化を指し示す写真が挟み込まれていることだ。他の中国の街と同様に、太原も近代化、都市化が加速し、高層アパート群が建ち並ぶようになった。その「時間の風」に吹きさらされているような光景と、父母の住む、時が止まったような部屋の眺めとが、対比的に提示されている。布プリントやスライドショーを含んだ会場構成もうまくいっていた。

残念なことに、コロナ禍で帰国できなくなり、ここ2年余りの写真を組み込むことができなかった。今のところは中間報告の形をとらざるを得ないが、もしこの続きを撮影することができれば、より厚みのあるシリーズとなるはずだ。さらなる展開を期待したい。

2021/09/18(土)(飯沢耕太郎)

北井一夫「過激派の時代」

会期:2021/09/07~2021/09/28

Yumiko Chiba Associates (viewing room shinjuku)[東京都]

1960年代の学生運動を記録した北井一夫の写真展。昨年出版された写真集『過激派の時代』の重版記念でもある。こういう社会運動を記録した写真集が重版になるのは珍しいのではないか。層の厚い団塊の世代がノスタルジーに浸るために買うのだろうか。コロナ禍でほかにやることないし。

会場には学生のデモや過激派のアジトを撮ったモノクロ写真が並ぶ。学生運動とか過激派とか、ぼくはちょっと前の(つまり現在と地続きの)話だと思っていたが、これを見て「ちょっと前」どころではなく、すでに半世紀以上も昔の、もはや歴史化された(つまり現在とは断絶した)出来事になっていたことに気づいて愕然とした。これが「歳をとる」ということなんだろうけど、それはともかく、現在と断絶していると思ったのは、写っている街の風景や彼らの着ている服、メガネ、ヘアスタイルが現在とかけ離れているからだ。そして、唐突かもしれないが、ブレたりボケたりするモノクロプリントが、中平卓馬や森山大道のそれを想起させたからでもある。当時、もちろんカラープリントはあったし、『過激派の時代』の写真集にもカラーは何点か載っているけれど、パラッと見た限り街の様子を写したものだけで、デモの写真はすべてモノクロだった。

どうもぼくには、こうしたドキュメント写真はモノクロでなきゃいけないという先入観みたいなものがあり、多少ブレ・ボケがあるくらいがふさわしいと思い込んでいる。それはひとつには、過激派の活動は動きが激しく、夜に行なわれることも多いので、アレた写真しか撮れないからだ。そしてもうひとつ気づいたのは、中平や森山のアレ・ブレ・ボケのモノクロ写真がこの過激派の季節とぴったりシンクロしていたこと。過激派に限らずドキュメント写真や報道写真が中平らに影響を与えることはあったとしても、その逆はないはずだ。だけど、彼らのアレ・ブレ・ボケの表現が逆に、過激派を写した北井の写真に対するぼくらの見方に影響を与えた可能性はあるだろう。ぼくは北井の写真を見ながら、直接知ってるわけでもないあの『プロヴォーク』の時代の視覚を追体験していたのかもしれない。

写真:「過激派」1968/2008[© Kazuo Kitai, Courtesy of Yumiko Chiba Associates]

2021/09/15(水)(村田真)

山﨑友也「少年線」

会期:2021/08/28~2021/10/11

キヤノンギャラリーS[東京都]

広島出身の山﨑友也は、物心つく前から宇品線の貨物列車を部屋の窓から眺めて過ごしていたという。4歳の春、「親父のコンパクトカメラ」で貨物列車を撮影し、鉄道写真の魅力に取り憑かれる。その少年時代の夢を実現させ、日本大学芸術学部写真学科を卒業して「鉄道カメラマン」として活動し始めた。今回の「少年線」の展示には、まさにその初心を貫いた写真群が並んでいた。

山﨑の仕事を見ていると、鉄道写真の世界もだいぶ変わってきたことがわかる。かつては、山﨑自身もそうだったように、写真家たちの関心は鉄道の車両に集中していた。それが、「鉄道を取り巻く環境や携わる人々」にも向けられるようになり、車両がほとんど写っていないような写真も登場してくる。今回の展示でも、ツクシの群れをクローズアップで捉え、電車をシルエットで配した写真や、葉っぱから落ちる水滴の中に車両を浮かび上がらせた写真などが出品されていた。特に目につくのは、子どもたちにカメラを向けた写真で、そこにはかつての山﨑の姿が、そのまま投影されているのではないだろうか。

会場の入口に改札口をしつらえ、制帽を被った山﨑がそこで切符のような入場券に鋏を入れてくれる。写真パネルを列車の窓に見立てたり、中吊り広告のようなキャプションを天井から吊したりするなど、インスタレーションも工夫されている。鉄道愛があふれる楽しい展示だった。なお写真展に合わせて、日本写真企画から同名の写真集が刊行されている。

2021/09/13(月)(飯沢耕太郎)

花輪奈穂、高橋親夫ほか「仙台写真月間2021」

会期:2021/08/31~2021/10/03

仙台アーティストランプレイス SARP[宮城県]

仙台市在住の写真家、小岩勉の呼びかけで2001年から始まった「仙台写真月間」。毎年8月〜10月のこの時期に、SARPを舞台に写真家たちによる連続写真展を開催し続けてきた。今年は阿部明子、花輪奈穂、高橋親夫、小岩勉、野寺亜季子、稙田優子、桃生和成の7名が参加している。そのうち、9月7日〜12日開催の花輪奈穂「傍らに立つ」、高橋親夫「ここにいた時は子供だった」の展示を見ることができた。

1977年岩手県生まれで、2000年に東北芸術工科大学デザイン工学部情報デザイン学科を卒業した花輪奈穂は、透明シートにさまざまな「景色」の写真をプリントし、天井から吊るすインスタレーションを試みた。壁には大きく引き伸ばした布プリントが貼られており、複数の写真が重なり合い、干渉し合って、多層的な視覚的経験を再現している。海や、花や、森の写真は、それ自体の属性が曖昧になり、浮遊感のあるイメージの束として再編されており、その宙吊りの気分には、快感だけでなく微妙な不安感が漂っていた。より画像の組み合わせの精度を高めていけば、より高度な展開が期待できそうだ。

1947年、仙台市生まれで、一級建築士として活動しながら写真作品を発表してきた高橋親夫は、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県浪江町、仙台市若林区などの幼稚園、小学校などを撮影した。単純にノスタルジアを喚起するだけではなく、時間が止まってしまった光景を静かに見つめ続ける行為には、痛みを共有していきたいという強い思いを感じとることができる。

地味だが、いい仕事を続けている写真家たちの仕事をフォローしてきた「仙台写真月間」の蓄積は、20年間でかなりの厚みに達しつつある。これまでの展示の情報をまとめた「仙台写真月間アーカイブ」の配信も開始されている。

公式サイト:https://2021.monthofphotography.jp

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