artscapeレビュー
2015年09月01日号のレビュー/プレビュー
グラフィックトライアル2015 織
会期:2015/06/06~2015/09/13
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
4人のクリエーターが、プリンティングディレクターと協働し、それぞれがオフセット印刷による表現の可能性を探る「グラフィックトライアル」。10回目となる今年のテーマは「織」。「布をおる」「組み合わせてつくりあげる」というコンセプトで、多様なトライアルに挑戦している。参加クリエーターは、永井一正、 橋正実、中野豪雄、 澤和の四氏。永井一正氏のトライアルは長年手がけているLIFEシリーズをモチーフに「命を織る」をテーマとした作品で、内側から光り輝くようなグラデーションの輪郭をもった抽象化されたかたちの動物たちが表現されている。輪郭は一見したところソフトウェアの単純な機能でつくられたグラデーションのように見えるが、データ上で正確であっても印刷では必ずしも滑らかに見えないために細かな調整が加えられ、さらに輝くイメージを作りあげるために、複数の特色やメジウムを刷り重ねている。 橋正実氏のトライアルは「光を織る─色を織る─」。ひとつは色の版を重ねることで糸で織り上げた布のようなふんわりとした立体感を表現した作品。立体的な布目文様を印刷することは容易だが、ここでは淡い色彩の面を重ねることで平織の文様を浮かび上がらせている。もうひとつは光のグラデーション。写真などを素材にさまざまな色の要素が滑らかに混じり合った色面を作りあげた。中野豪雄氏の試みは、これまでのグラフィックトライアルのなかでかなり異質なのではないだろうか。ポスターのモチーフは、東日本大震災に関連して日々のニュースに現われた言葉を収集したビッグデータを、2011年3月11日を起点として円形にプロットしたインフォグラフィクスで、情報の強度の差や時間の経過が刷り重ねられた版の層によって視覚化されている。トライアルの多くが、イメージの伝達や再現のためのテクニカルな手法にフォーカスするなかで、中野氏のトライアルは印刷技術自体を伝達するコンテンツのひとつの次元としてインフォグラフィクスに織り込んでいる。 澤和氏のトライアルは「花の印象」。アジサイをモチーフに、その姿の忠実な再現(実態)ではなく、人々が心に抱く花の印象(虚像)を画像を織り重ねることで表現し、透明なフィルムに刷ることで茫洋としたイメージをつくりあげている。
9月18日からは、グラフィックトライアル10年間の作品210点を展示する展覧会が、東京ミッドタウン・デザインハブで開催される(グラフィックトライアル・コレクション2006-2015:第1部 2015/9/18~10/4、第2部 2015/10/8~10/24。URL=http://designhub.jp/exhibitions/1723/)。[新川徳彦]
2015/07/31(金)(SYNK)
Art Court Frontier 2015 #13
会期:2015/08/01~2015/09/12
アートコートギャラリー[大阪府]
美術界の第一線で活躍中のキュレーター、アーティスト、ジャーナリスト、批評家などから出展作家1名を推薦してもらう形式で、2003年から始まった同展。今までは10数組のアーティストが参加していたが、今年から作家数を約半数に絞り、1組当たりの空間を増やしてよりダイナミックな展示を目指すことになった。今年の出展作家とその推薦者は、contact Gonzo(安部美香子:朝日新聞記者)、谷口嘉(以倉新:静岡市美術館学芸課長)、東畠孝子(豊永政史:デザイナー)、堀川すなお(吉岡恵美子:インディペンデント・キュレーター)の4組。いずれも質の高い展示を行なったが、肉弾戦のようなむき出しのパワーを放ったcontact Gonzoが一歩抜きん出ていたように思う。東畠孝子と堀川すなおは、作品と展示室の天井高がややミスマッチだった印象。その点、谷口嘉は渡り廊下を選んで正解だった。
2015/08/01(土)(小吹隆文)
aokid×橋本匠『HUMAN/human』
会期:2015/07/29~2015/08/02
STスポット[神奈川県]
舞台の床一面に散らばっているのは、真ん中を折られて立っている紙たち。紙には一枚一枚異なる絵が描いてある。「絵」というよりは、それは絵の具の運動だ。その場にaokidと橋本匠が現われ、走り出す。すると、紙たちは踏まれたり風に煽られたりして倒れる。人間が動く、そのことで、周囲の物たちが反応する。こんな冒頭からしてそうなのだが、シンプルな「作用と反作用」が、この舞台を終始構成し続ける。これはダンスなのか? もうそういう問い方はどうでもよい。ミニマルな動作を「ダンス」と呼ぶ歴史は50年ほど前からあったとして、ミニマルな動作が原因となり、次の別の動作の基となる、といった2人の案出した連鎖だって、どうだろう「ダンス」と呼んでいいはずだ。よい場面がいくつもあった。例えば、不意にaokidが壁をノックし始めた場面。しばしばダンスの上演では、空間は抽象化され、そこに壁があること、天上や床があることなど「ない」想定で進みがちだ。映画『トゥルーマン・ショー』でジム・キャリーがこの世から脱出しようとして「コツン」と世界の果てに突き当たってしまったように、aokidは実は「ある」壁を手で叩く。叩くと壁の表情が浮かぶ。次第にそれはリズムをもち、次の動作を引き出す。こうしたデリケートな連鎖は、この場にあるものすべてを共演者にしていく。紙をちぎると、2人は壁に貼付け、紙たちはコンポジションを形成していく。紙を貼るたび、2人は言語にならない声でその紙を「命名」するのだが、そんな形と声の関係も面白い。終幕に向けて、赤い紙テープが、空間をダイナミックに横断しはじめた。それを潜ったり、跨いだりする2人は一言「この糸が俺たちにダンスさせる!」と叫ぶ。そう、人と物との作用反作用の関係は、容易く反転しうるのだ。とくにaokidの表現にはいつもそう思わされるのだけれど、人と物とが等価に置かれた舞台は、とてもクールで、ポップで、居心地がよい。そこには2人の倫理観、世界への態度が裏打ちされているように見える。だから揺るぎがない。そして力強いのだった。
2015/08/01(土)(木村覚)
横尾忠則 続・Y字路
会期:2015/08/08~2015/11/23
2000年以降の横尾作品を代表するモチーフである「Y字路」。それらのうち、2006年以降の作品を中心に約70点を展示している。出展作品の中心を成すのは、「温泉」、「公開制作/PCPPP」、「黒いY字路」、「オーロラ」と題したシリーズだが、筆者が特に注目したのは「黒いY字路」である。本作は、いったん克明に描いた絵を黒く塗りつぶしているのが大きな特徴。展示室(照明を極端に絞っている)に入った瞬間はそれこそ真っ黒で、何を描いているのかほとんど判別できない。しかし、5分ほど経つと目が慣れてきて、突如イメージが浮かび上がるのだ。見えるものをあえて見えなくした時、人はそれでも何かを見つけようとする。そしてイメージが現われた瞬間、現われた図像に驚くと同時に、「見る」ことに対する再考を迫られるのである。この感覚はメディア経由では絶対味わえない。会場に出かけて直に体験することをおすすめしたい。
2015/08/07(金)(小吹隆文)
没後20年 泉茂の版画紀行
会期:2015/07/07~2015/08/16
BBプラザ美術館[兵庫県]
1951年に瑛九らとともに前衛芸術団体「デモクラート美術家協会」を結成するなど、戦後関西現代美術界の中心的存在として活躍した泉茂。本展では、彼の業績を1950~90年代までの作品約80点で回顧した。筆者は彼の晩年にあたる1990年代に大阪・番画廊での個展で何度か作品を拝見し、1996年に伊丹市立美術館で行なわれた個展にも出かけている。本展はそれ以来の機会だが、泉の画業を概観でき、とても有意義な機会であったと思う。特に1960年代(パリ時代)から80年代の作品は、シャープな造形美と豊かな感性が絶妙に混じり合い、今見ても十分新鮮である。泉は1970年に大阪芸術大学の教授に就任し、以後多くの後進を育て影響を与えた。本展を見てその理由がわかるような気がした。
2015/08/07(金)(小吹隆文)