artscapeレビュー
2015年09月01日号のレビュー/プレビュー
「Heart in HaaT」テキスタイル展
会期:2015/08/14~2015/08/22
阪急うめだホール[大阪府]
ファッション・ブランド、HaaTの展覧会。HaaTを率いる皆川魔鬼子は、1971年から永年にわたってISSEY MIYAKEブランドの素材づくりを担当したテキスタイル・デザイナーである。「一枚の布」をコンセプトに一貫した服づくりを行なってきたISSEYブランドが世界的に認められるまで、その地位を確立させた功労者のひとりであることには間違いない。とはいえ、1980年代に三宅一生とともに仕事をし、ダイナミックで強烈な印象の作品を残した染織家、新井淳一と比べると少々控えめな存在であったことは否めない。三宅一生がブランドを後任に譲るころに設立されたHaaTは、「テキスタイルから発想する」ブランドであり、まさに皆川の布が主役のブランドである。
今回の展覧会では、HaaTのなかでもとくに日本でつくるテキスタイルに焦点があてられた。絞り、丸編、ウール縮絨、ジャカード織、先染、刺繍など、おもに技術や加工方法等によって12コーナーにわけて、スカート、ワンピース、ジャケット、ストール等72点が展示された。遠目にはシンプルな先染めのチェック模様だがウールの縮絨加工を用いることで空気を含み立体的で柔らかい表情をもった布。ミシン絞りという技法を用いてパラグアイの伝統刺繍のモチーフを染めた軽くて繊細なそしてどこか素朴でかわいらしい表情の布。刺繍した柄のまわりをハンドカットしさらに深黒加工を施すという複雑な工程を経てつくられた力強く深い表情をもった布。これほどまでに豊かな表情の布を、最終的にはひとつのファッション・アイテムとして着られるようにきれいに整えて仕上げることは容易なことではないだろう。さらにいえば、製造単位や値段設定、流行等、ファッション・アイテムとして成立させるためにはさまざまな条件を満たさなければならない。その絶妙な頃合いにこそ、ファッション・ブランドのテキスタイル・デザイナーという立場で永年磨かれてきた皆川の感性であり個性であるように思う。[平光睦子]
2015/08/18(火)(SYNK)
人の輪をつなぐ──オリンピックとポスターデザイン
会期:2015/06/15~2015/09/05
京都工芸繊維大学 美術工芸資料館[京都府]
京都工芸繊維大学美術工芸資料館の所蔵する多くのポスター・コレクションのなかから、歴代オリンピック・ポスターの変遷をたどる展覧会。第1部では、1920年のアントワープ(ベルギー)におけるベル・エポック様式の色濃い美術絵画的ポスターから始まり、1980年のモスクワ(ソ連)まで9カ国のポスターが展示される。そこでは、現代のポスターが色と文字(形)で構成されるようになり、いかに簡略化・抽象化されていったかという流れを見て取ることができる。またそうした変化の背景に写真やCGの活用があることも、次章を合わせて見るとよくわかる。その第2部では、「日本のオリンピック(1964年東京/72年札幌/98年長野)」に焦点が当てられている。まずは亀倉雄策による東京オリンピック・ポスターの4種から。日の丸に五輪のシンボルマークを組み合わせたものが中心に置かれ、左右には五輪史上初めて写真を採用したポスターが配される。これは亀倉が「効果的な配し方」と示唆したやり方に倣っており、いま見てもなお新しく、迫力のあるポスターに圧倒される。72年札幌のポスターは、永井一正がデザインしたシンボルマーク(日の丸に初雪の家紋と五輪の組み合わせ)を用いた亀倉監修作、細谷巌、河野鷹思、田中一光、栗谷川健一の味わいの異なる作品を見ることができる。98年長野のポスターでも同様に具象から抽象までのヴァリエーションと、技術向上によるデザイン上の変化、イラストに書家を採用したもの、自然環境保護を喚起する社会的なものなど、多様なポスター5種が展示される。最後の特集展示では、「オリンピックを飾ったデザイナーたち」というタイトルのもと、亀倉・永井・田中・細谷・青葉益輝・浅葉克己6名による代表的なポスター群を一堂に展覧する。本展は、学生が手掛けた博物館実習の一環であるが見応えは十分。五輪の歴史だけでなくロゴやマスコットキャラクター・ピクトグラム・メダル・切手にも目配りされている。学生の奮闘のみならず、同館コレクションの質の高さも窺える。[竹内有子]
2015/08/19(水)(SYNK)
プレビュー:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2015
会期:2015/09/12~2015/11/23
神戸・六甲山の自然とアートの魅力を散歩感覚で味わえると好評のイベント。6回目となる今回も、六甲山上のさまざまな施設を舞台に、作品展示やイベントが開催される。今回特に注目したいのは、新たに会場に加わった「グランドホテル六甲スカイヴィラ」と「旧六甲オリエンタルホテル 風の教会」。特に「風の教会」は建築家・安藤忠雄の代表作でありながら、ホテルの閉鎖にともない長らく非公開になっていた。アートファンのみならず、建築ファンにとってもこの機会は見逃せない。六甲山は都会に隣接する山だが、いざ出かけてみると豊かな自然が保たれており、気分転換にもってこいだ。日帰りでお手軽に地域アートを楽しみたい方にもおすすめしたい。
2015/08/20(木)(小吹隆文)
プレビュー:WAKAYAMA SALONE 2015
会期:2015/09/13~2015/10/12
和歌山市、海南町、高野口町、高野山の15会場ほか[和歌山県]
現代アートの動きが乏しかった和歌山で、「アート」と「旅」をキーワードにした地域アートイベントが初開催。和歌浦、加太、和歌山城、高野山といった観光名所を含む会場を巡りながら、アート、クラフト、デザイン、プロダクト、建築、インスタレーションなどの展示を楽しむことができる。また、クラフトビールフェア、ナイトマーケット、音楽ライブイベント、映画上映会など、夜間にも関連イベントが行なわれるとのこと。出品作家は、金氏徹平、西光佑輔、contact Gonzo、伊藤彩、河合晋平、永沼理善、エリカ・ワード、リッカルド・ピノバーノ、和歌山建築チームなど、国内外の30組以上を予定。
2015/08/20(木)(小吹隆文)
庭劇団ペニノ『地獄谷温泉 無明ノ宿』
会期:2015/08/27~2015/08/30
森下スタジオ[東京都]
この3年ほど海外公演が続いた庭劇団ペニノ。久しぶりの日本公演ではなかろうか。幕が上がると、森下スタジオに小さな田舎宿の玄関が出現している。マメ山田扮する父と50才くらいに見える息子。人形劇の依頼があり、宿に来てみたが、依頼主は現われず、主不在の宿に住む老女も要領を得ない。事故で盲目となった青年の暮らす部屋に一晩居候させてもらう。舞台で描かれるのは2人が翌朝に宿を出るまでの時間だ。いつものこととはいえ、驚かされるのは舞台美術。古びた宿の臭いを嗅いでしまうかのようなリアリティは、お話の筋を追うのとは別種の、お話の底に漂う、〈人間の皮を剥いだところにある何か〉を感じさせる。それにしても圧巻だったのは、暗転した30秒後に、玄関が盲目青年の部屋へと瞬時に転換していたことだ。後でわかるのだが、これは回り舞台で、玄関→部屋→脱衣所→風呂場と90度角の空間が四つつくられていた。この順で回転していけば、人間が次第に自分を露出して、最後には裸体になるという格好だ。登場人物たちは、親子と老女、盲目の青年のほかに、三助(銭湯の使用人)と中年・初老の温泉芸者2人。誰もが見事に常識から外れていて、観客の心を不安定にする。この温泉「地獄谷」は、人間の隠された部分をやさしく開陳させる世界だ。観客はそこで、エロティックな解放感を得る。それがいわば戯画的に展開されるのが、風呂場でのシーンで、そこで登場人物たちは三助以外全員が全裸となり、文字通り剥き出しにされる。マニ車みたいに、くるくると舞台は回り、登場人物たちが自分を露出していくと、観客のなかでなんともいえない、禁じられていていつもは蓋がされている快楽が広がっていく。主人公は50才ほどの息子なのだが、小学校すら通わず、父の人形劇の助手となり、この年まで生きてしまった。自由を奪われた人生を哀れに思いつつ、観客はそこに自分を透かし見るだろう。そして、そのとき、主人公から受ける痛がゆいような感触が、急にすべての人間を映す鏡として立ち現われてくるのである。
2015/08/20(木)(木村覚)