artscapeレビュー

2015年09月01日号のレビュー/プレビュー

温泉と文芸と鉄道

会期:2015/08/04~2015/11/23

旧新橋停車場「鉄道歴史展示室」[東京都]

火山国日本には古くから各地に温泉地があり、人々の行楽に、療養に親しまれてきた。明治に入るとドイツから招聘された医師エルウィン・ベルツ博士(1849-1913)が温泉療法に関する研究を発表したことで日本の温泉が「再発見」され、さらには鉄道の普及によるアクセスの改善、温泉地を訪れた文学者たちの作品を通じて温泉地の人気が高まっていった。本展は、こうした温泉の発達を「文芸」「鉄道」をキーワードとして、関東周辺および花巻の温泉地の展開を各種資料でみる企画である。出品されている資料は各地の鳥瞰図、鉄道路線図、各種案内書や切符やタブレットなどの鉄道関連資料。取り上げられている温泉地は、尾崎紅葉が『金色夜叉』で描いた熱海や塩原の温泉、萩原朔太郎の郷里前橋にほど近い伊香保──伊香保温泉は徳冨蘆花や竹下夢二にも愛された──、多くの文学者が避暑や結核の治療に訪れた軽井沢・草津、そして宮沢賢治ゆかりの花巻温泉。賢治の父・政次郎は花巻電車の株主・温泉軌道株式会社の監査役だったという。多様な切り口から鉄道と社会や文化とのつながりを見せてくれる鉄道歴史展示室の企画は、鉄道の技術や車両を見せる鉄道博物館とはまた違った面白さがある。[新川徳彦]

2015/08/22(土)(SYNK)

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ペコちゃん展

会期:2015/07/11~2015/09/13

平塚市美術館[神奈川県]

サブタイトルもなにもない、シンプルでストレートなタイトルの展覧会である。展示室もシンプルで、デパートメントで開催されるキャラクターものの展覧会のような派手さはまったくない。しかしこの展覧会、8月18日には2万人目の来場者を迎え、会期末までには3万人に達しようかという人気で、これまでの平塚市美術館の来場者記録の上位3位に入る勢いだという。一部の資料を除いて写真撮影が可能であることも口コミでの集客に資しているかも知れない。
 説明するまでもないだろうが、「ペコちゃん」は1950(昭和25)年に登場した洋菓子メーカー・不二家のマスコットキャラクターである。今年で生誕65周年ということになるが、1958(昭和33)年に公募で決まったキャラクター上の設定は「永遠の6歳」。ひとつ年上のボーイフレンド・ポコちゃんと、飼い犬・ドッグがいる。もともと同社の菓子「ミルキー」のキャラクターとして登場したが、立体化された身長1メートルほどの人形は不二家の洋菓子店やレストランの店頭に立ち、同社そのもののマスコットキャラクターとして認知されてきた(1998年にはペコちゃん・ポコちゃん人形は立体商標制度の第1号として登録されている)。なお、今回平塚市美術館でペコちゃん展が開催されることになった理由のひとつは、美術館の北側に同社の平塚工場が立地していることで、展覧会にも同社が全面的に協力している。
 展示前半はペコちゃんの歴史。代々の店頭用ペコちゃん人形やミルキーのパッケージ、ペコちゃんが登場するノベルティなどの資料のほか、ペコちゃんが登場したばかりの1950年代の店頭風景を捉えた写真が展示されている。田沼武能の写真に写っているのは、店頭に置かれたペコちゃん人形が持つミルキーの箱を狙う戦災孤児(1950年)。そのほか、アントニン・レーモンドの設計による伊勢佐木町店の建築や図面、レイモンド・ローウィによる不二家のロゴ(1961年)が紹介されている。興味深いのは、ペコちゃんは現役のマスコットなのに、展示がおもに昭和の世相、記憶という文脈で切り出されている点である。この視点は、2010年に不二家が銀座で開催した「ペコちゃんミュージアム」(2010/11/1~11/21)でも同様であった。企画側だけではなく、人々がペコちゃんというキャラクターには懐かしさ、ノスタルジーを見ているがゆえに、親子連ればかりではなく、年配の来場者が多く見られるのだろう。
 さて、過去の商品やオブジェを展示するだけでは骨董市の趣である。今回の展示の後半には過去と現在とを結ぶために、美術館ならではの仕掛けが用意されている。そのひとつは東京モード学園の学生によるペコちゃんの衣装コンテスト。平成生まれの学生たちがアイデアを競い、イチゴのショートケーキをテーマにした島川香織さんの作品が大賞を受賞した。ちなみに平塚市はイチゴの産地でもあるのだという。もうひとつは、年代もさまざま、扱う素材や技法も異なる17名の作家が制作したペコちゃん・トリビュートの作品27点。三沢厚彦の陶による《ペコ・ポコ・ドッグ》。展示には木製のちゃぶ台が使われているところ、やはりペコちゃんには昭和のイメージが強いのか。西尾康之の立体ペコちゃんは神楽坂のペコちゃん焼きを彷彿とさせる恐ろしげな表情。参加作家中最年長1951年生まれの金川博史の作品は、福田繁雄の切手によるモナリザに触発された切手貼り絵によるペコちゃん。2010年に制作された作品はペコちゃんの周囲を60円切手で埋め尽くしてその生誕60周年を祝している。鍛金の内田望はミルキーをつくる架空の装置を載せた牛の作品を出品している。牛の乳から絞られたミルクは背中に乗せた装置に送られ、砂糖などの原材料が加えられてミルキーとなる「仕組み」。牛の模様がミルキーの包み紙の模様であったり、ペロリと出た舌がペコちゃんと同じ向きだったり、そもそも「ペコ」が仔牛を表わす「ベコ」に由来していることをふまえていたり、細部に至るまで見ていて飽きない。川井徳寛《相利共生(お菓子の国~守護者の勝利~)》は、ヨーロッパの古典絵画に現われる天使のイメージにペコ・ポコを重ね合わせた作品。天使たちはペコポコの姿をお面の形でまとい、小道具や背景には不二家のさまざまなお菓子が描き込まれ、このまま不二家のイメージ広告としても使えそうだ。他の作家の作品も、視覚と味覚の記憶をさまざまな形で表現した面白いものばかり。ペコちゃんというキャラクターの強さと、シンプルなタイトルの奥に拡がる世界観がとても楽しい展覧会である。[新川徳彦]


展示風景


展示風景(東京モード学園の学生によるペコちゃんの衣装)


展示風景(手前:内田望《milky cow》、奥左:木原千春《Candy Girl》、同《ペコ16歳》、奥右:山田啓貴《ペコ立像6歳 1980年頃》)

2015/08/26(水)(SYNK)

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篠原ユキオ HITOKOMART展 in TOKYO

会期:2015/08/24~2015/08/29

Gallery 5610[東京都]

2015年3月にニューヨークで開催した個展の作品を中心に、新作を加えた展覧会。「HITOKOMART」とは、20代の頃からヒトコマ漫画を描き続けてきた漫画家・京都精華大学教授・篠原ユキオの命名によるもので、「ヒトコマ漫画」と「アート」とを合体させたもの。風刺であったり、ユーモアであったり、ときに楽しく、ときに深く考えさせられる。アクリル絵の具で描かれた作品は、アイデアが決まると片手に筆、片手にドライヤーを持って、複数の作品を同時進行で数時間のうちに描いていくという。作品も、描き方も、ヒトコマ漫画家ならではのスピード感か。[新川徳彦]

2015/08/28(金)(SYNK)

相模友士郎『ナビゲーションズ』

会期:2015/09/25~2015/09/27

STスポット[神奈川県]

相模友士郎『ナビゲーションズ』の関東圏での公演が横浜のSTスポットで行なわれる。相模は、F/Tにて2010年に『ドラマソロジー/DRAMATHOLOGY』を上演、伊丹在住の老人たちが出演し、自らの生い立ちやいまの生き方についての語りによって構成される舞台が注目された。架空のドラマを役者に演じさせるのではなく、役者のなかにあるドラマを引き出して舞台化する劇作術は、おとぎ話的なイリュージョンを排した舞台のマテリアリズムを展開しているともいえるし、演劇に対する社会の今日的な要請に応える方法ともいえる。恥ずかしながら、筆者はこれまで、そんな相模の舞台を見ずに過ごしてきた。単に「知らなかった」といったら、四方八方からお叱りを受けそうだが、事実そうだったのだから仕方がない。過去の映像資料をお借りして、おおよそのフォローをしてみた立場としていうのだけれど、相模は間違いなくほっとけない作家である。ダンス・舞台芸術における1960年代以降のモダニズムを咀嚼して、そのうえで、いまなにをするべきかという問いに向き合っている。その意味で、まっとうな作家である。今回上演される『ナビゲーションズ』は、すでに相模の故郷福井で初演されたものだ。いまや舞台上演とは、一見、都市に集中しているようでいて、実のところは都市にいるかぎりでは数が多く華々しいばかりで、案外、目を見張るほどの良作に出会えないものなのだ。5月に仙台で上演された砂連尾理の公演や、越後妻有アートトリエンナーレの「上郷クローブ座」によるパフォーマンス・レストランなどが思い浮かぶ。そう考えると、福井での初演舞台が横浜で再演されるというのはとてもラッキーなことといえるだろう。『ナビゲーションズ』はダンスの作品、といってしまうと貧しくなるかもしれない。ものと身振りとの出会い、両者の拮抗による作品であるようだ。筆者は、9月25日のアフタートークで作家とお話しする予定。相模のことがよくわかる仕掛けを思案中。お見逃しなく。

2015/08/31(月)(木村覚)

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