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2023年11月01日号のレビュー/プレビュー

カタログ&ブックス | 2023年11月1日号[テーマ:「保存・修復」の視点から、美術館スタッフのニッチな奮闘を覗き見る5冊]

美術館の社会的役割のうち普段注目される機会の少ない、所蔵作品や文化財の「保存」。ダリをはじめ同館所蔵作品の保存・修復のプロセスを見せていく諸橋近代美術館「ミュージアム・ワークス─みんなの知らない美術館」(2023年11月12日まで)の開催に際し、普段見えにくい美術館の仕事の現場のニッチな醍醐味に出会える本たちをご紹介。

※本記事の選書は「hontoブックツリー」でもご覧いただけます。
※紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。
協力:諸橋近代美術館


今月のテーマ:
「保存・修復」の視点から、美術館スタッフのニッチな奮闘を覗き見る5冊

1冊目:文化財と標本の劣化図鑑

編集:岩﨑奈緒子、佐藤崇、中川千種、横山操
協力・監修:京都大学総合博物館
発行:朝倉書店
発売日:2023年10月10日
サイズ:26cm、126ページ

Point

こんな図鑑があったとは。保存方法や環境に細心の注意を払っていても、完全には止めることは難しい「劣化」。京都大学総合博物館の所蔵品から劣化の進んだものの特徴を分類し、その状態をじっくり観察できるだけでなく、プロはそこにどう対応し食い止めるのか、その悪戦苦闘も含め知ることができるユニークな一冊です。


2冊目:国宝 普賢菩薩像 令和の大修理全記録

監修:東京国立博物館
発行:東京美術
発売日:2023年4月18日
サイズ:26cm、135ページ

Point

東京国立博物館の所蔵品を代表する国宝「普賢菩薩像」が、2019年からつい最近まで3年間に及ぶ修復を施されていたことはあまり知られていません。最新技術を用いた作業前の調査と分析や、修理方針の変更、そしてまさかのコロナ禍の到来──1作品だけにフォーカスし、蟻の目で見届けるその修復過程はまさにドラマです。


3冊目:学芸員の観察日記 ミュージアムのうらがわ

著者:滝登くらげ
発行:文学通信
発売日:2023年2月27日
サイズ:21cm、175ページ

Point

ある博物館での学芸員やスタッフたちの日常を4コマで描くお仕事マンガ。保存・修復に焦点を当てた第4章「まもって、のこす」をはじめ、ほのぼのとしたタッチとは裏腹に、著者の実際の体験が凝縮されているであろう「職業病」的な描写の連続に心くすぐられます。読後に美術館を訪れる際には新たな視点が加わっているはず。



4冊目:あっけなく明快な絵画と彫刻、続いているわからない絵画と彫刻

著者:近藤恵介、冨井大裕
発行:HeHe
発売日:2023年3月20日
サイズ:21cm、85ページ

Point

現代の作品も、歴史的作品と同じくもちろん美術館の保存・修復の対象。現代を生きる作家たちは、自作の劣化や損傷に対してリアルタイムでどう感じ、何をするのか。2019年の東日本台風で被災した近藤恵介と冨井大裕の共作シリーズの修復と、それを踏まえた新たな制作、再展示までの過程と心境を綴ったドキュメント。



5冊目:カビの取扱説明書

著者:浜田信夫
発行:KADOKAWA
発売日:2022年5月24日
サイズ:15cm、269ページ

Point

文化財のみならず日常の至るところに偏在し、気を抜くと発生しているカビ。食の世界ではポジティブな存在にも反転したりと、私たちは彼らと共生していると言っても過言ではないものの、その具体的な習性や種類まで考える機会は少ないはず。その文化的背景から対応策まで、カビたちに少しだけ親近感が湧いてしまう一冊。







ミュージアム・ワークス─みんなの知らない美術館

会期:2023年7月15日(土)~11月12日(日)
会場:諸橋近代美術館(福島県耶麻郡北塩原村大字桧原字剣ヶ峯1093-23)
公式サイト:https://dali.jp/exhibition

2023/11/01(水)(artscape編集部)

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日本のアートディレクション展 2023

会期:2023/11/01~2023/11/30

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

今年も「日本のアートディレクション展」が開催された。本展は、昨年度(2022年6月〜2023年5月)に発表された広告やデザインの応募作品に対し、ADC(東京アートディレクターズクラブ)全会員が優れた作品を選出する「ADC賞」の展覧会である。ADCグランプリ、ADC会員賞、ADC賞、原弘賞受賞作品のほか、優秀作品が会場に並んだ。なかでも私が注目したのは、サントリー「天然水」のウェブサイトと、森永乳業「マウントレーニア」のコマーシャルフィルムだ。いずれも都会で暮らす現代人の大自然への憧れや渇望を表わした広告作品という点で共通していたからである。


展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー1F[写真:藤塚光政]


前者はサントリー「天然水」の新たな水源として加わった、日本で唯一の氷河が現存するという北アルプスの雄大な姿を伝えるウェブサイトだ。なんと山々を隅々まで撮影した膨大な枚数の高精細写真から3Dモデルを生成し、バーチャル空間上に北アルプスを構築して映像化したものだそうで、雲の上から山の斜面、地底までをカメラ(?)が縦横無尽に行き来する。その様子はまるで鳥の目、いや神の視点に近い。人間は最先端技術で大胆にも大自然をスキャンしてしまったのだ。

後者はもっと純粋に「もしも東京の真ん中に山があったら」という空想を、合成技術で表現したしっとりとした映像である。商品パッケージのアイコンにもなっている、米国シアトルから見えるレーニア山への敬愛の念を込めたのだという。かつて東京のあちこちの高台から富士山を眺められたことを思うと、やや皮肉な話でもあるのだが。


サントリー「天然水」のウェブサイト


森永乳業「マウントレーニア」のコマーシャルフィルム



人新世という言葉が生まれるほど、近代以降、人類は地球の地質や生態系、気候変動に大きな影響を及ぼしてしまった。にもかかわらず、大自然から隔絶した暮らしを送る現代人にとって、ある意味、幻想として山や森、海は尊く、美しい存在であり続ける。しかし本当に大自然の下で共存しながら暮らすとなると、現実はもっと厳しく、快適ではいられない部分もたくさんあるに違いない。だからときどき、ふと求めて鑑賞する程度でちょうどいいのである。まるで週末のグランピングのように……。そんな現代人の柔な気持ちが両者の広告作品には表われているように感じた。これは批判ではなく、現代人の本音を代弁しているという点で注目したのである。


日本のアートディレクション展 2023:https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000825
[ポスターデザイン:林規章]


関連レビュー

日本のアートディレクション展 2022|杉江あこ:artscapeレビュー(2022年12月15日号)
日本のアートディレクション展 2020-2021|杉江あこ:artscapeレビュー(2021年11月01日号)
日本のアートディレクション展 2019|杉江あこ:artscapeレビュー(2019年11月15日号)

2023/11/02(木)(杉江あこ)

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