2018年06月15日号
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artscapeレビュー

KYOTO EXPERIMENT 2016 AUTUMN 篠田千明『ZOO』

2016年12月01日号

会期:2016/11/11~2016/11/13

京都芸術センター講堂[京都府]

受付で荷物を預けると、会場となる講堂に入る。人工芝とその間には通路が。あちこちに棕櫚が置かれ、南国のムード? いや、ここは「動物園」なのだ。いわゆる客席はなく、観客は芝生にしゃがむか、立っているかすることになる。まずその空間に、めまいのような快楽を覚える。「動物園」は、いわゆる劇場と異なり、視線の誘導が単純な一方向ではない。観客はしばらくの間、あたりをうろうろし、自然を自由にぐるぐる回す。囲いにはヘッドマウントを付けた半裸の男が居る。男の見ている画像は近くのモニターが映し出している。パフォーマーはあと二人の女性。二人は床に寝そべり、自分の輪郭を床にトレースする。そんなところから、舞台は始まった。とはいえ、本物の動物園がそうであるように、物語の筋のようなものはない。観劇という形態が生き物の観察へと変換される。旭山動物園のペンギンの行進を模した、アナウンス音声も盛り込んでのシーンなどが設けられることで、オルタナティヴな演劇へと篠田は観客を導く。それは「人間を観察する」演劇であり、言い換えれば「人間を展示する」演劇だ。しかも、人間が人間を観察する/展示するという対等な次元を超えており、非人間が観察するための展示になっている。自ずとそれは人間じゃないものとして人間を展示することにもなる。例えば、エサが配られると、ヘッドマウントの男(前が見えない)に観客は餌付けを行なう。これまで演劇とは、人間が人間に向けて行なう何かであった。『ZOO』は、そういう「演劇」をやめてみるレッスンみたいなものだった。最後のシーン。薄暗闇で、三人が聞き取れない言語で会話をする。まるで、密林の山奥で文明以前の暮らしを覗くような体験。世界から取り残され、心もとない気持ちにさせられるのは、三人ではなく、観客のぼくたちだ。それはまるで宇宙から地球を見つめるような寂しさだ。『ZOO』は、そんな孤独な視点を展示した作品だった。

公式サイト:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2016 AUTUMN

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2016/11/11(金)(木村覚)

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