2018年04月15日号
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artscapeレビュー

KYOTO EXPERIMENT 2016 AUTUMN 松根充和『踊れ、入国したければ!』

2016年12月01日号

会期:2016/11/03~2016/11/06

京都芸術センター[京都府]

松根充和の『踊れ、入国したければ!』は、アメリカ国籍のダンサーが、「アブドゥル=ラヒーム」というイスラム系の名前を理由にイスラエルの空港の入国審査で止められ、ダンサーであることの証明として「その場で踊ること」を強要された実話に基づくパフォーマンス。舞台(フィクション)と客席(現実)を隔てる「第4の壁」は、上演開始とともに早々に取り払われ、松根は「松根充和」という個人としてそこに立ち、観客に向けてフランクに語りかける。偶然、ネットのニュースで事件の記事を見つけたこと、このダンサーの所属する「アルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアター」は1958年に創設された名門であり、ゴスペルやブルースをモダンダンスと融合させ、当時の黒人公民権運動とともに黒人の自由を訴えるものであったこと……。ここで突きつけられるのは、自由と尊厳を勝ち取るための表現だったダンスが、人種差別の下に管理や強制の対象になってしまうという皮肉な事実だ。松根は「DVDを見て習得した」このダンスカンパニーの代表作の1シーンを、自らの肉体を駆使して実演してみせる。踊ることの自由や解放が、ハードな身体訓練を経て渾身の力を振り絞って踊ることの肉体的苦痛へと変容し、私たち観客はいつしか、踊りを強要した入国審査官の立場に立たされていることの気まずさを味わう。


左:© Michikazu Matsune 右:撮影:守屋友樹

一方で松根は、当の事件に関するドキュメンタリー的要素を一切不在にしたまま、「情報」の背後にあるものへと想像力を向けさせようとする。彼はどんなダンスをどのように踊ったのか。入国審査官はどんな反応を見せたのか。彼らが笑顔で拍手を捧げたことはありえないだろうか。松根自身による「ダンスの実演」においても観客は、「本来は群舞のシーンであり、周囲で踊る他の8人のダンサーがいること」を想像しながら見るように促される。「想像すること」は硬直化した現実を揺るがす武器となる。イントロダクションで、松根が「眉毛を顔から消してください」「眉毛を口ヒゲの位置に下げてください」と観客に課す。それは、作品中で、松根自身が「剃った眉毛を口ヒゲとして貼り付けた」顔写真を抗議者のように掲げ、それが実際に証明写真として認可されたパスポート(!)を見せるシーンにおいて、「見知らぬ私」として固定化されたアイデンティティを解除するエクササイズであったことが了解される。
終盤、松根は字幕を通して語りかける。「子どもの頃、海を見るのが好きだった。(……)世界を自由に旅することを夢見た。僕はうまく踊れていますか? 入国審査官たちは入国を認めてくれるだろうか? 僕は、水平線の向こう側まで行けるでしょうか?」それは、くだんのダンサーの立場を自らの身に引き受けながら、ラディカルな問いかけと想像力をもって、あらゆる物理的/想像的なボーダーを越えていこうとする強い意志の宣言である。
また、上演会場内では松根による企画展『世界の向こう側へ』が開催され、「境界」「越境」をテーマとした国内外の美術作家8名(榎忠、ムラット・ゴック、アルド・ジアノッティ、マレーネ・ハウスエッガー、レオポルド・ケスラー、ミヤギフトシ、パトリシア・リード、ジュン・ヤン)の作品が展示された。なかでも、トルコとシリアの国境線のフェンスを切り取り、ハンモックを吊るして寝そべる命がけのパフォーマンスを敢行したムラット・ゴックの作品は、自らの肉体的駆使とユーモアによってオルタナティブな想像の回路を提示する姿勢において、松根作品と通底していた。

公式サイト:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2016 AUTUMN

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2016/11/04(金)(高嶋慈)

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