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artscapeレビュー

踊りの火シリーズ第2弾 目黑大路振付作品「かけら」

2017年01月15日号

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会期:2016/12/03~2016/12/04

ArtTheater dB Kobe[兵庫県]

「戦後71年の日本の変遷と推移を、政治・経済・歴史的に検証するのではなく、戦後生まれの女性たちの人生・思想・身体を通じて映し出す」(チラシ掲載のステートメントより)という、ドキュメンタリー性の強いダンス公演。出演者は、70代・50代・30代・10代の世代の異なる4名の女性である。彼女たちはプロのダンサーではないが、アマチュア劇団の経験者や目黑のワークショップの参加者、学校のダンス部の経験者など、それぞれのかたちで身体表現に関わりを持つ。
冒頭、一番若い10代の女性が、他の3人に腕の動きやステップの踏み方を教える和やかなシーンから始まる。アジアの伝統的な舞踊のようだが、音楽はかからず、説明もないため、どこの国・地域のどんなダンスなのか詳しいことはわからない。その後は基本的に、それぞれがソロでダンス、語り、歌などの身体表現を行なうシーンが点描的に連なっていく。
本作で際立つのは、70代・10代の2人に比べ、中間の世代である50代・30代の2人から感じられる苦痛や抑圧の表現だ。30代の女性は、激しいドラムの響きの中、片腕を暴力的に振り回し、虚空に何かを投げつけるような/何かを必死で振りほどこうとしているような動作を息が切れるまで執拗に反復する。50代の女性は、自身の長い髪で目隠しをし、手探りで歩きながら切れ切れのアリアを歌い、観客に向けて手を差し伸べた極点で、サイレンのような高音の叫びを発する。
一方、70代の女性は、カセットデッキにテープを入れ替えながら、その時々に聴きなじんだ音楽とともに自身の半生について語りかける。圧巻なのが、80年代に参加した反原発運動で逮捕され、全裸で取り調べを受けた屈辱的な経験を語った後、「足腰や目は弱ったが、ここ(お腹)だけは私の人生が溜まっていく」と言って、たるんだお腹を見せ、観客と対峙するシーンの緊張感だ。お腹のたるみとは裏腹に、むしろその姿は誇りと不屈の精神に満ちている。また、10代の女子高生は、終盤で再び、冒頭の踊りを繰り返すのだが、今度はチマチョゴリ姿に着替えており、国籍や民族的出自という別の困難を指し示す。だが踊る彼女から感じられるのは、そうした重荷やしがらみを感じさせない、飄々とした軽やかさだ。
こうした対照性が、個人の性質なのか、世代に由来するものなのか、断定することは難しい。しかし、コンテンポラリー・ダンスの成果のひとつが、偽のニュートラルさに漂白された身体の称揚ではなく、多様な差異の肯定にあるならば、本作は、「個」を「世代」「集団」「共同体」へと均していこうとする力や欲望に抗いつつ、「個」を起点として戦後史や社会状況を(断片的にではあれ)浮かび上がらせようとする試みとして評価できるだろう。

2016/12/04(日)(高嶋慈)

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