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「本の芸術」──武井武雄の「刊本作品」を知って

2014年05月01日号

会期:2014/03/17~2014/04/05

不忍画廊[東京都]

日本橋高島屋で「武井武雄の世界展」が開催されていたのと同時期、高島屋と通りを挟んで向かいにある不忍画廊で「『本の芸術』──武井武雄の『刊本作品』を知って」という小展示があった。展示品は武井武雄の「刊本作品」と現代作家による「本」をテーマにした新作である。
 刊本作品とは、武井武雄が1935年から亡くなる1983年まで(最後の刊行は没後の1984年)の約50年間に刊行した139冊の豆本で、挿絵に用いられた技法、物語のテキスト、造本など、ひとつとして同じものがなく、「本の宝石」とも称せられる驚くほど凝った造りの私家本である。概ね限定数300部で刊行され、購入できるのは登録された会員のみ。購入を希望する順番待ちの人たちの「我慢会」や、さらには「我慢会」に入会する順番待ちの「超我慢会」までできたほどの人気であったという。武井が刊本作品の制作に心血を注いでいたことは、例えば第108作『ナイルの葦』のエピソードにうかがわれる。なにしろこの作品では武井は本文に用いるパピルスの栽培から着手し、必要な枚数の紙が完成するまでに4年半もの歳月をかけているのである。
 本展には、日本画家・土屋禮一氏が所蔵する刊本作品から14点が出品された。高島屋での展覧会ではガラスケースの外から眺めるしかなかったが、土屋氏のご厚意によって来場者は手にとって読むことができた★1。いずれの作品も凝りに凝っている。木版や合羽摺による本はまだ理解の範疇にある。しかし、螺鈿細工や寄せ木細工、麦藁細工、あるいはステンドグラスなどを表紙や本文に貼り込むのは驚きである。それも同じものを300部、多いものでは600部制作しているのである。武井は本文と挿絵の原画を用意し、職人や印刷会社を自ら手配し、満足がいく仕上がりになるまで試行したという。伝統的な技法ばかりではなく、制作当時に最新であった印刷法も用いられている。さらに驚かされるのは、これほどの手をかけていながらも会員には制作費かかった経費のみを請求し、利益を得ていなかったことである。美しい本をオリジナルな表現でつくるという目的自体が武井のエネルギーであり喜びだったのだろうか。「私が刊本の表現形式の多角化を実践してきたことは新しい感覚の発見と創造のためであり、その多角化の可能性は無限である」と武井は述べていたという★2
 本展の企画は、武井武雄の「刊本作品」を知って感動した不忍画廊の荒井裕史氏が「本の芸術」をテーマに9人の現代作家に制作を依頼したもの。出品作家は伊藤亜矢美、設楽知昭、鈴木敦子、つちやゆみ、釣谷幸輝、橋場信夫、藤田夢香、安元亮祐、山中現の各氏。刊本作品の300部に比べれば100分の1のスケールではあるが、限定各3部の本が出品された。「本」という表現形式をどのように解釈し、自身の作品とするか。その多様なアプローチが興味深かった。[新川徳彦]

★1──イルフ童画館(長野県岡谷市)では、事前に依頼すれば刊本作品を手にとって見ることができる。
★2──『武井武雄作品集 刊本作品』(イルフ童画館、2001)54頁。

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