artscapeレビュー
桑原甲子雄の写真──トーキョー・スケッチ60年
2014年05月15日号
会期:2014/04/19~2014/06/08
世田谷美術館[東京都]
1993年に世田谷美術館で開催された桑原甲子雄と荒木経惟の二人展「ラヴ・ユー・トーキョー」は、とてもエキサイティングな展覧会だった。同じ世田谷区在住ということだけでなく、荒木の母校である都立上野高校の前身は、桑原が卒業した市立二中だったという不思議な縁もあるこの二人の写真家は、東京の街をずっと撮り続けてきた。だが彼らのスナップ写真は、似ているようでかなり肌合いが違う。荒木の能動的に仕掛けていくような写真に対して、桑原は徹底して受け身の姿勢でシャッターを切っている。その結果として、桑原の写真には、戦前から戦後の高度経済成長期、さらにバブル崩壊の次期に至る東京の空気感が、そのままリアルに写り込んでいるように思えたのだ。荒木のけれん味のある作風と比較すると一見地味だが、桑原の写真には誰もが既視感を覚えてしまうような、柔らかな包容力を感じとることができた。
今回の「桑原甲子雄の写真──トーキョー・スケッチ60年」展は、それから20年あまりを経た回顧展である。昨年末に代表作を集成した『私的昭和史』(上下巻、毎日新聞出版局)が刊行されるなど、没後7年あまりを経て、いまなお彼の写真のみずみずしい鮮度が失われていないことを確かめることができた。今回展示された約220点の作品のほとんどは、「ラヴ・ユー・トーキョー」展の前後に世田谷美術館に収蔵されたものである。だが、写真集、雑誌などの資料展示が充実しているだけでなく、ほぼ初めて公開された作品もある。そのひとつ、スライド上映された「カラーのパリ」(1978)のシリーズを見て、桑原ののびやかなカメラワークによって、出来事が、明確な形をとる前の未分化な状態のまま、生々しく写り込んでいることにあらためて驚かされた。アンリ・カルティエ=ブレッソン流の「決定的瞬間」の対極とも言えるその感触は、桑原の写真に独特のものに思える。
2014/04/22(火)(飯沢耕太郎)