artscapeレビュー

'Cazador' KURAMATA Shiro / TAKAMATSU Jiro Photographed by FUJITSUKA Mitsumasa

2014年07月01日号

会期:2014/06/18~2014/07/19

Yumiko Chiba Associates Viewing Room Shinjuku[東京都]

商業空間のデザインは、とてもとても儚い。商品の変化とともに姿を変え、時代の変化とともに消えてゆく宿命にある。デザインは私たちの記憶の中に留められるか、あるいはかろうじて図面やスケッチ、写真などによって記録されるが、それも十分になされることは稀で、あっという間に忘れ去られてゆく。その点、形あるもののデザインと大きく異なる。だから、倉俣の仕事でも家具やオブジェのような形が残るもののデザインに比べて、同時代でその場を共有しなければ体験できない空間デザインの仕事は語りにくい。そうした条件でありながらも、2013年に開催された「浮遊するデザイン──倉俣史朗とともに」(埼玉県立近代美術館、2013/07/06~2013/09/01)は、倉俣のインテリアデザインにかなりの比重をおいた意欲的な試みであったと思う。その展覧会を企画した平野到・埼玉県立近代美術館学芸員が展覧会準備のために倉俣事務所で調査を行なった際に見出したのが、倉俣史朗と高松次郎との共作空間「サパークラブ・カッサドール」の施工中の写真であった。その時点では撮影者不明であった写真を倉俣の仕事を数多く撮影してきた写真家・藤塚光政氏に見せたところ、氏の撮影であることがわかり、そのネガから改めてセレクションした写真で構成されたのが本展覧会である。
 倉俣が1967年に内装を手がけた新宿二丁目のバー「サパークラブ・カッサドール」で、倉俣は高松に壁画の制作を依頼した。バーの壁面にはさまざまなポーズをとる男女の影が描かれ、そこを訪れる実際の人物の影と交錯する、幻想的な空間が完成した。藤塚氏が撮影した写真には壁画を描く高松の姿などを見ることができる。空間の中央に光源がおかれ、周囲にモデルとなる人物がポーズをとり、壁に映った影の輪郭を高松がなぞる。その後輪郭の内部は手際よく塗られ、「影」と壁面との輪郭がぼかされ、あるいは形が修正されてゆく。倉俣自身が影のモデルになって写っている写真もある。倉俣の空間デザインの仕事で施工中の記録はほとんどないということであり、藤塚氏も施工中を撮影したのはこのときだけであったと述べていたので、これは倉俣の仕事としても、高松の制作の記録としても重要な写真であるにちがいない。また、平野学芸員によれば、倉俣にとってカッサドールの仕事はそれ以前の壁面装飾的なインテリアから、より建築的な空間デザインへと転換した端緒となった重要な仕事であるという。
 カッサドールのオープニングを捉えた写真には倉俣、高松のほかに、篠原有司男、田中信太郎らのアーティストたちが写っている。となると、カッサドールは、誰がどのような人々のための空間としてつくったのかという疑問が湧く。6月28日に行なわれた平野学芸員と藤塚氏によるトークの折りにそのことを質問したところ、会場に居合わせた当時カッサドールに通っていたという人物から貴重な証言が語られた。詳しい内容は平野学芸員の調査に委ねるとして、倉俣が手がけた「カッサドール」や「サーカス」など4軒は以前から倉俣の仕事を知っていた同一のオーナーの依頼による物件であり、さほど営利を重視していなかったようだ。そのなかでもカッサドールはデザイン、アート、演劇など多様な分野の人々が集い、賑わっていたとのことである。倉俣(1991年没)も高松(1998年没)も早世してしまったが、まだまだ同時代を知る人々が存命であり、調査の可能性が知れたことは収穫であったと思う。[新川徳彦]

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2014/06/22(日)(SYNK)

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