2020年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

2020年02月15日号のレビュー/プレビュー

飛鳥アートヴィレッジ2019

会期:2019/11/23~2019/12/15

飛鳥坐神社、奈良県立万葉文化館、南都明日香ふれあいセンター 犬養万葉記念館[奈良県]

公募で選出された作家が、奈良県明日香村でのアーティスト・イン・レジデンスを経て成果発表を行なう「飛鳥アートヴィレッジ」。6回目となる今回は、2ヵ月以上という例年より長い滞在制作の時間が充てられた。3名の作家の展示からは、明日香村の風景やモノと向き合いながらそれぞれの思考を深めていった、充実した過程を見ることができた。

佃七緒は、飛鳥坐神社の境内に、米の脱穀に使われていた古い農機具、竹や藁、古代米などを組み合わせ、架空の農耕の神事を思わせるインスタレーションをつくり上げた。古代米が奉納された祭壇のような装置に付いたハンドルを回すと、ガラガラという音とかすかな風が起こる。神社での参拝の行為を、「道具の交代とともに消えていく動作」に置き換え、場所や道具のもつ機能と人の行為の関係性に光を当てている。装置の背後には、竹や藁など自然の素材でできた不思議な造形物が、白布とともに吊られている。民具や供物を思わせる一方、ひらがなの形にも見え、四角い枠は原稿用紙のマス目を思わせ、解読できない古代の文字で書かれた呪文のようだ。佃によれば、農業に関する土地の言葉が入っており、飛鳥が万葉仮名の発祥の地であることから、「かな」をモチーフに使ったという。



佃七緒《てとよふむはゆなたさかあ》 [Photo : Yuji Yamada]

野原万里絵は、ユーモラスで謎めいた有機的な黒い形象と、それを計測・分割するような赤い直線を組み合わせた平面作品を、明日香村の風景が見渡せる奈良県立万葉文化館のガラス壁に展示した。野原の関心を引いたのは、子孫繁栄、五穀豊穣、悪疫退散を願って飛鳥川に毎年掛け替えられる「男綱」づくりの作業だったという。一本の藁という「線」を寄り合わせて「面」を形づくり、立体物をつくっていく過程にデッサンとの共通性を見出したことが、制作の出発点となった。野原は、メインの大型作品とともに、そこに至るまでの複数のプロセス──デッサンによる形の抽出、アウトラインの正確なトレース、原寸大の「型」、さらに拡大した「型」──も併せて展示した。デッサンの対象となったのは、家屋のラインや田んぼに残る黒い焼け跡など、「具体的に何を表わすのかは不明だが、形として認識できるもの」、具体的な風景や事物から抽出されたゲシュタルトである。野原の関心は一貫して、「絵を描くための道具」として雲形定規のような「定規」やステンシルのような「型紙」をつくることにある。それは、野原にとって初めて触れる土地や事物に接近するための方法であるとともに、「形態の認識」「二次元化という圧縮作用」「定規や型=描画のための共有可能なツールの開発」をめぐる造形的な実験でもある。



野原万里絵《拡張の方法~無題の形~》 [Photo : Yuji Yamada]

一方、徳本萌子は、「ミシンで木の葉を縫う」行為を通して、明日香村の風景への介入を試みている。展示会場の中庭に立つ木の葉は、霜で銀色に光るように見えるが、じつは細い銀の糸で葉脈をなぞるように縫われている。「朽ちていく存在や自然のなかの一瞬の美を、縫う行為を通して留めたい」気持ちが込められた繊細な作品であり、アンディー・ゴールズワージーの作品を想起させる。また、寺跡の草原を舞台に、村の住民がミシンを持ち寄って参加し、巨大な「葉っぱの輪」をつくり上げた作品も発表された。地元の素材、幅広い層の住民との協同、ミシンの輪=「人の輪」の連想といった点だけを見ると「レジデンス成果作品」の教科書的模範解答に映るが、徳本の試みは、それだけにとどまらない。「手芸」すなわち女性性の領域と結びつけられやすい「手縫い」ではなく、「ミシン」がもつ工業性や機械的な匿名性。また、「家庭用ミシン」を「家の外」の公共的な空間へ持ち出す越境的な行為は、ジェンダーの文脈における批評性を合わせもつ。



徳本萌子《ミシンで輪になり、葉を繋ぐ。葉っぱのロープで、土地を囲む。》公開制作風景/映像撮影:矢木奏 [Photo : Koji Sawa]

このように、各作家が充実した発表を行なうことができた背景には、滞在制作期間の長さに加え、制作場所の好環境も大きく影響していたと思われる。廃校になった幼稚園(現在は村の公民館として活用)の建物が制作場所として提供され、広い空間で制作に集中することができた。その結果、制作場所の確保を必要とする造形タイプの作家がじっくり制作に取り組めたのではないか。例えば、徳本は、「葉っぱの輪」の作品は過去にも制作しているが、一般の参加者を募っての屋外での大がかりな制作は、今回初めて実現できたという。このように、作家にとってはステップアップにつながる機会となり、明日香村にとっては単に消費されない関係が積み重なれば、「質の高い展示が実現できる/見られる」ことが作家/観客双方にとって強い魅力になり、「飛鳥アートヴィレッジ」自体の意義や評価も高まっていくだろう。

2019/12/15(日)(高嶋慈)

朱家角

[中国、上海]

およそ30年前、初めて上海を旅行したときは、ぎゅうぎゅうの満員バスで市内を移動するしかなかった。しかし、その後、地下鉄のネットワークが飛躍的に発展し、上海近郊の水郷の街、朱家角までつながったことを受けて、出かけてみた。



朱家角


江南地方にはこうした水濠が数多く存在するが、バスやツアーで行くことになるため、朱家角は抜群のアクセスである。それでも上海の中心部から50km弱あり、途中で電車が地上を走るとき、延々と巨大なマンション群や工場が続く壮絶な風景と遭遇する。さて、朱家角の駅で降りて、お店が並ぶ通りを15分ほど歩くと、いきなり観光船が行き交う水路に沿った、かわいらしい街並みが出現する。まっすぐな道はなく、曲がりくねった狭い道に面する小さな家屋には、おしゃれなお店も入っている。いわばヴェネツィアのように、ここでは生きたテーマパークのような街歩きを体験できる。様式建築の小さい郵便局《大清郵局》(1896)、屋根付きの木造の廊橋、五つのアーチが連なる石造の放生橋、現代建築風の《朱家角人文芸術館》など、建築や土木も楽しめる。



《大清郵局》



廊橋



放生橋



《朱家角人文芸術館》


さらに進むと、1915年に完成した《朱家角課植園》は、小さな入口から想像できないほど、奥にさまざまなパビリオンが建つ庭園が広がっており、驚かされる。いわゆる蘇州のスタイルだが、デザインはそれほど洗練されていない。



《朱家角課植園》


とはいえ、朱家角の魅力は、街並みのスケール感だろう。これだけまとまったエリアが大きな開発を受けず、昔ながらの風情を残している。中国は開発を決めるのも早いが、逆に残るという意志を決めたら、確実に残せるはずだから、今後もずっと観光資源として保存されるだろう。同日、上海に戻ってから、黄浦江の夜景を楽しむ船に乗った。これまでなんども上海を訪れていたが、外灘にずらりと並ぶ、保存された近代建築群をこのように鑑賞したのは初めてである。もちろん、反対側の浦東の未来的な超高層ビル群や個性的な建築も同時に眺めることになる。イルミネーションも凄まじいが、東京の湾岸や横浜のみなとみらいの夜景よりも確実におもしろい。実際、上海では、多くの観光客が夜景クルーズを楽しんでおり、ツーリズムという点で成功している。



上海の郊外へ

2020/01/01(水)(五十嵐太郎)

パラサイト 半地下の家族

飛行機の中でポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』を鑑賞した。もっとも、後から映画のスクリーンに合わせて、美術監督が豪邸の空間を設計したことを知り、映画館でも見たくなった。途中から出てくる、異様な地下空間はさすがにセットだと思っていたが、どうやら地上部分もセットだったらしい。ちなみに、シャンデリアなどのアイテムによって豪華さを示すのではなく、建築雑誌に登場するような大きなガラス張りのリビングなど、モダンなデザインによって高級さが演出されている。韓国映画やドラマは、冬ソナ・シリーズをはじめとして、『私の頭の中の消しゴム』 、『イルマーレ』 、『建築学概論』など、しばしば建築や建築家が重要な役割を占めているが、本作ももうひとつの主役は、金持ちの住宅と貧乏人の半地下の住処ということになるだろう。前者はそれぞれが個室に分かれ、家族はバラバラであるのに対し、後者はほとんどプライバシーを獲得することができないものの、助けあう家族のイメージを空間で体現している。

興味深いのは、お手伝いというポジションが重要な位置づけになっていることだ。なるほど、その家の施主でもないし、家族の一員でもない他者でありながら、もっとも密接に住宅に関わる職業である。そして日中、家族が外に出かけているときも、家で作業をしている。実際、『パラサイト』において、家政婦は建築家が設計した住宅の秘密を知っており、その家の特殊ルールを決めたり、家族に大きな影響を与えるなどして、住宅という空間を影で支配していた。レム・コールハースが設計したボルドーの家を題材としたドキュメンタリー映画『コールハウス・ハウスライフ』でも、もはや住人が暮らしていないために、家政婦が主役だった。亡くなった主人の思い出を語る墓守のようでもあり、常に掃除という行為を通じて、住宅のあらゆる表面を触っている。特に空間の特徴に対して定型化された所作は、ほとんどコレオグラフィーに近い。こうした家政婦の重要性も、豪邸ならではかもしれない(ドラマ「家政婦は見た!」を想起せよ)。それにしても、『パラサイト』の終盤の激しい展開は予想できない。ここで抑圧された階級差や、隠された空間の分節が突如むきだしとなり、凄まじいカタルシスを迎える。

2020/01/04(土)(五十嵐太郎)

インポッシブル・アーキテクチャー ─建築家たちの夢

会期:2020/01/07~2020/03/15

国立国際美術館[大阪府]

いわゆる「建築展」が抱えるジレンマや限界は、美術作品と異なり、「実物」の建築そのものを会場に持ってきて展示できないため、必然的に「図面」「模型」「写真や映像」すなわち建築物に付随する周縁部や資料で補うしかない、という点にある。これに対して本展は、20世紀以降の国内外における「未完のアンビルト建築」に焦点を当てることで、「建築展につきもののジレンマや限界」を逆手にとり、解消する試みでもある。

ロシア・アヴァンギャルドのマレーヴィチやタトリン《第3インターナショナル記念塔》(1919-20)で幕を開け、その遺伝子を遠く受け継ぐザハ・ハディド(彼女の卒業制作は《マレーヴィチ・テクトニク》[1976-77])へ至る本展において、プランが未完に終わった理由はさまざまだ。革新性ゆえコンペで落選したプラン(ドイツ初の高層建築を目指してガラスの摩天楼を提案したミース・ファン・デル・ローエ)。コンペ自体への批評性を盛り込んだ挑発的な野心案(「日本趣味を基調とする東洋式」という条件を拒絶し、バウハウスやル・コルビュジエから学んだインターナショナル・スタイルを提案した前川國男の《東京帝室博物館建築設計図案懸賞応募案》[1931]や、4本の巨大な柱から8層のフロアを吊り下げた仏塔のような巨大建造物を提案した村田豊の《ポンピドゥー・センター競技設計案》[1971]。両者はベクトルこそ相反するが、「建築表象による文化的ヘゲモニーの闘争」という側面を合わせもつ)。

さらには、未来的な都市計画としての壮大な構想(連結可能なユニットによる増減可能な構造体として海上都市を描く黒川紀章の《東京計画1961―Helix計画》や菊竹清訓の《海上都市1963》などのメタボリズム。居住空間のユニットをインフラと交通を担うケーブルで連結するヨナ・フリードマンの《可動建築/空中都市》[1956-])。純粋な思考実験に近いもの(牧歌的な風景に航空母艦や巨大なボルトを組み合わせた合成写真を、新たな都市のヴィジョンとして1950年代末~60年代に提示したハンス・ホライン、60年代以降に雑誌上にドローイングやダイヤグラムを発表したアーキグラムやスーパースタジオ)。解体/構築の力学や線の運動を可視化したドローイング(コンスタン[コンスタン・ニーヴェンホイス]による《ニュー・バビロン》の素描[1956-74]、ダニエル・リベスキンドの《マイクロメガス:終末空間の建築》[1979])。



会場風景


また、1933-36年に日本に滞在するも、日本での建築設計例がほとんどないブルーノ・タウトが、現・近鉄(近畿日本鉄道株式会社)から依頼を受け、生駒山頂の遊園施設にホテルと住宅団地を追加する小都市計画を構想していたことを今回初めて知った。タウトが描いた「遠望図」を見ると、ヨーロッパの城塞都市のような景観が山頂から広がっており、もし実現していたら、筆者の住む大阪市内から見える生駒山の風景が今とは異なっていただろうと想像され、興味深い。

未完=潜在的な可能性と捉えれば、そこには現状に対する批評性が胚胎する。例えば、上述のフリードマンは《可動建築》と《空中都市》の構想を今日的な視点から見直し、大幅に修正した《バイオスフィア:ザ・グローバル・インフラストラクチャー》(2017)を発表している。ソーラー・パネルなどの技術的進化によってエネルギーや水の個人による管理が可能になることで、インフラを担う中空の架構が不要になり、ネットによるコミュニケーションや在宅勤務が充実すれば、都市に住む必要性もなくなる。こうした思考において、クラウド化やノマド性を拡張していくことで、「土地の所有」の概念や「国境」「国家」のラディカルな解体へと繋がっていく。


本展のほぼラストを締めくくるのは、ザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの《新国立競技場》(2013-15)である。妥当かつ必然的な配置だが、ザハの紹介がこのプランのみであり、「新国立競技場案をめぐるスキャンダル」に収束してしまう点は残念に感じた。実現されなかったほかのプランの展示もあれば、よりザハの思考やその革新性が伝わったのではないだろうか。また、同様に、行政機構との政治的・経済的事情で決定後に白紙撤回となった近年の例として、SANAAによる滋賀県立近代美術館の改修・新棟建設計画にも言及があれば、「美術館と建築」というパースペクティブが浮上し、「美術館で建築展を開催する意義」がより際立っただろう。



会場風景


アンビルト建築はまた、「建築の不在とともに何が不可視化されているのか」という、建築と政治(性)をめぐる問いをネガのように浮かび上がらせる。例えば、1942年の「大東亜建設記念営造計画」のコンペで一等を獲得した、丹下健三の《大東亜建設忠霊神域計画》は、富士山麓に建設した神殿と皇居を「大東亜道路・鉄道」で結ぶことで、強い象徴的存在へと視線が向かうモニュメンタルな空間構成を壮大な都市計画レベルでつくり上げるものだが、この未完のプランの縮小版が「原爆ドーム」へと視線を集約させる広島平和記念公園の設計であることは、すでに指摘されている。あるいは、宮本佳明の《福島第一原発神社》(2012)は、1万年以上にわたって高レベル放射性廃棄物を安全に保管するために、原子炉建屋に象徴的なシンボルとして和風屋根を載せ、「原子炉を鎮める」神社として祀るという構想である。こうした例を含めて考えることで、本展の射程は、ユートピア的なヴィジョンや観念的な思考実験を超えて、よりアクチュアルに深まるのではないだろうか。

関連レビュー

インポッシブル・アーキテクチャー  もうひとつの建築史|村田真:artscapeレビュー(2019年02月15日号)

インポッシブル・アーキテクチャー  もうひとつの建築史|五十嵐太郎:キュレーターズノート(2019年03月01日号)

2020/01/07(火)(高嶋慈)

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「メイド・イン・トーキョー:建築と暮らし 1964/2020」展

会期:2019/10/11~2020/01/26

ジャパン・ソサエティー[米国、ニューヨーク]

ニューヨークのジャパン・ソサエティーに足を運んだ。エントランスの吹き抜けには、これまでなかった奈良美智の大きな作品が設置されている。これは購入したわけではなく、長期貸与の形式をとって、今後も定期的に変えていくという。



奈良美智の作品


さて、訪問の目的は、アトリエ・ワンとディレクターの神谷幸江によって上階のギャラリーで企画された「メイド・イン・トーキョー:建築と暮らし 1964/2020」展である。「メイド・イン・トーキョー」は、東京の複合建築を調査した彼らのプロジェクトの名称でもあるが、今回の狙いは、タイトルに含まれる二つの年号からもうかがえるように、前回と今回のオリンピックの時代における東京建築を比較することだ。それゆえ、会場では仮設壁で囲まれた空間を入れ子状につくり(両側の端部が湾曲したかたちは、スタジアムの見立てらしい)、その外側を1964年、内側のエリアを2020年に割り当て、模型、写真、映像、ドローイングなどを用いて、作品を紹介する。興味深いのは、壁には開口部を設け、二つの時代を同時に観察できる場所があちこちに生じていることだ。会場デザインも、アトリエ・ワンが手がけている。



2020年のエリア


またいくつかのビルディング・タイプ やテーマを設定し、おおむね入口から順番に「競技場」、「駅」、「リテール」、「オフィス」、「カプセル」、「住宅」といったジャンルごとに各時代の代表作を選んでいる。総花的に多くの事例を紹介するというよりは、作品の数はかなり絞り込んでいる。例えば、《国立代々木競技場》と《新国立競技場》、《そごう》と《GINZA SIX》、《中銀カプセルタワービル》と《9h》、《塔の家》と《西大井のあな》などだ。やはり、すでに半世紀以上に及ぶ歴史の審判を受けた定番の名作を並べると、どうしても近年できたばかりの東京建築は重厚さや大胆さに欠ける印象を受けるが、こうした状況そのものが時代の変化を示しているのかもしれない。



左が丹下建三《国立代々木競技場》、右が隈研吾の《新国立競技場》



手前に現代のビックカメラ、奥に昔のそごうが見える




黒川紀章《中銀カプセルタワービル》



浅草の《9h》


なお、同展は、建築だけでなく、ハイ・レッド・センター、山口勝弘、小沢剛、AKI INOMATA、竹川宣彰、風間サチコなど、建築や都市に関わる新旧のアーティストの作品や活動も紹介し、別の角度から、それぞれの時代の雰囲気を伝えていた。



風間サチコの作品

2020/01/15(水)(五十嵐太郎)

2020年02月15日号の
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