artscapeレビュー

石川竜一「いのちのうちがわ」

2021年06月01日号

会期:2021/03/20~2021/04/18

SAI[東京都]

このところ、あまりまとまった発表がなかった石川竜一の、満を持した新作展である。石川はここ5年余り、サバイバル登山家の服部文祥と行動をともにして、最小限の装備で山の中に入り、植物や動物を採取してはそれらを食べて歩き続けてきた。その過程で、生き物たちの「いのちのうちがわ」、つまりその血肉や内臓が異様な美しさを湛えていることに気がつき、撮影を開始する。今回、東京・渋谷のMIYASHITA PARKに新設されたギャラリー、SAIで開催された個展に出品された42点の作品は、そうやってできあがってきたものだ。

石川が展覧会に寄せたテキストに記しているように、鹿や鳥や蛇や蛙の臓器は「どんな機械よりも機能的で、その美しさは完璧」である。そのことを伝えるために、彼は写真家としての経験と技術を、ほぼ極限近くまで使い切っている。この種の写真のむずかしさは、オブジェとしての美しさを追求すれば、生命感や現実感が失われ、逆にリアルに撮影すれば、ただのグロテスクな異物に見えてしまうことだ。石川はその綱渡りを見事に乗り切っている。結果的に、このシリーズは「自然のうちがわに触れ、その圧倒的な力を思い知らされたとき、物事の区別は緩やかなグラデーションで繋がって、自分自身もその循環のなかにいるのだと感じる」という、撮影によって得た彼の認識を、充分に体現した作品として成立していた。 会場を出ると、そこには「いのちのうちがわ」の対極といえる、均質で人工的な渋谷の街の眺めが広がっている。「自然と向き合う」ことの意味をあらためて問い直す、批評的な観点もしっかりと備わった作品といえるだろう。

2021/03/25(木)(飯沢耕太郎)

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