2021年09月15日号
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artscapeレビュー

小林紀晴「深い沈黙」

2021年09月01日号

会期:2021/07/20~2021/08/16

ニコンプラザ東京 THE GALLERY[東京都]

小林紀晴は長野県の諏訪盆地の出身であり、子供の頃から冬の山を間近に見て育った。秋から冬にかけて、次第に雪に覆われていくその景色は、もの寂しく、死の匂いを感じさせたが、見続けていると、同時に不思議な安らぎをも感じさせるのだった。そんな「原風景」としての冬山の眺めがずっと気になっていたのだが、ある時ヴァルター・ベンヤミンの以下の言葉を読んで、腑に落ちるものがあったという。

「植物がわずかに葉の音をたてているところにさえ、つねにその嘆きが共鳴している。自然は黙するがゆえに悲しむのである。」 (「言語一般および人間の言語について」[『ベンヤミン・コレクション1 近代の意味』久保哲司訳、ちくま学芸文庫、1995])

小林は、その植物の「深い沈黙」を、自らの記憶や体験を踏まえて捉えようと試みる。こうして、長野だけでなく、福島、山形、青森、北海道などの冬山を撮影した写真シリーズが形をとっていった。今回の展覧会には、そこから11点が厳選され、モノクロームの大判プリントで展示されていた。その選択、レイアウトはとてもうまくいっていたと思う。数が多いと繰り返しが避けられないし、小さなプリントでは、彼が冬山に対峙しているときの思いの深さが伝わりにくいからだ。画面上のグレートーンと漆黒の配合も、繊細かつ丁寧に詰められていた。

このシリーズが、小林の写真家としての軌跡のなかでどのような意味をもつのかはまだわからないが、ひとつの区切りとなる作品となることは間違いない。なお、ふげん社から同名の写真集が刊行された。また、本展は9月30日~10月13日にニコンプラザ大阪 THE GALLRYに巡回する。

2021/07/22(木)(飯沢耕太郎)

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