artscapeレビュー

川内倫子『Des oiseaux』

2021年09月01日号

発行所:HeHe

発行日:2021/06/27

元田敬三の『渚橋からグッドモーニング』(ふげん社、2021)もそうなのだが、新型コロナウィルス感染症拡大による緊急事態宣言は、写真家の意識に大きな変化をもたらしたようだ。川内倫子が2020年4月から6月にかけて撮影したのは、千葉の自宅付近で見つけたツバメの巣である。口を開けて餌を待つ雛鳥たちが、次第に大きくなり、もうすぐ巣立ちというところまで成長していく。その間に、季節の変化を示す身辺の風景が挟み込まれている。

川内がツバメたちにカメラを向けたのは、日本中が死の影に覆い尽くされていたこの時期だからこそ、逆に「いのち」が大きくふくらんでいく様子に心惹かれたからだろう。ツバメの営巣は、毎年の見慣れた眺めだが、とりわけ2020年から2021年のコロナ禍の時期においては、特別な意味をもって目に飛び込んできたのではないだろうか。川内はつねに生と死の狭間に鋭敏な意識を持ち続けてきた写真家だが、この時期にはそれが特に研ぎ澄まされていたように感じる。

とはいえ、写真からはそんな切迫感はほとんど感じられない。せっせと餌を運ぶ親鳥も、それを待ち望む雛鳥たちも、「いのち」そのものを体現した姿で、柔らかな光に包み込まれて写っている。川内の仕事としては、メインのものとは言えないかもしれないが、「Des oiseaux(On birds)」というタイトルを含めて、とてもよく考えられ、しっかりとまとめ上げられた写真集だ。なお、本書はフランスのEditions Xavier Barralから刊行された写真集の日本語版である。

2021/08/18(水)(飯沢耕太郎)

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