artscapeレビュー

元田敬三『渚橋からグッドモーニング』

2021年09月01日号

発行所:ふげん社

発行日:2021/08/18

元田敬三は、強い存在感を発する人物に路上で声をかけ、正対して撮影する写真を中心に発表してきた。だが、次第に自分の写真のあり方に疑問をもつようになり、2017年から日付を入れる機能がついたコンパクトカメラにカラー・ポジフィルムを詰め、身の回りの出来事にカメラを向けるようになる。日常の光景をスライドショーの形で発表するトヨダヒトシの仕事を知り、共感とリスペクトを覚えたということもあったようだ。

その「写真日記」のシリーズは、2020年6月にコミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「東京2020 コロナの春~写真家が切り取る緊急事態宣言下の日本~」展に出品され、同年9月~10月の同ギャラリーでの個展を経て、小ぶりだが厚みのある写真集にまとまった。

写真集には、2018年7月から2021年5月にかけて撮影した365枚の写真がおさめられている。ページをめくっていくと、2020年4月から5月の新型コロナウィルス感染症拡大にともなう緊急事態宣言期間を挟んで、写真の質が微妙に変わっていることに気がつく。行動範囲が狭まり、神奈川県逗子の自宅近辺の「空と海」に目を向けることが多くなってくる。タイトルの「渚橋」というのは、早朝のアルバイトに出かける時に必ず通る桟橋の近くの、富士山を望む橋のことだ。一緒に過ごす家族にカメラを向ける機会も増えた。その間に、母親の入院と死という大きな出来事もあった。

淡々と気負いなく綴られた「写真日記」だが、どの写真を選び、どう組み合わせるのかは、緊密にプランニングされている。結果として、何事もなく過ぎていくように見える日々の断片が、特別な輝きを帯びて目に飛び込んできた。一見地味な仕事だが、このような作業をベースにすることで、写真家としてのさらなる飛躍を期待できるのではないだろうか。

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